艦長

(四)



「さて、それでは僕たちは、南極マクマリーン基地への航海を続けるということで……」


 しかたなく、みんなの意見に賛同したクリフは、彼ら乗組員クルーを前に話をはじめた。


「ここでこのふねのリーダー、つまり『艦長キャプテン』を決めておこうと思うんだ」


 その提案に、少年たちは歓声を上げて応えた。


「艦長はこの艦の指揮官で、航海のすべてを統括する最高責任者だね」


「僕、艦長になりたいっ!」


 クリフの言葉に、バーニィが元気よく手を挙げた。その姿に、横にいたアニスも拍手して声援を送る。みんなの顔を見回しながら、クリフは言葉を続けた。


「……では諸君、バーナード・キャプリスが艦長ということで、異論はないかな?」


「おいおい、ちょっと待てよ。俺は、コイツの下なんてまっぴらゴメンだね」


 隣にいるバーニィを親指で指さしながら、ジオはぶっきらぼうに言い放った。


「カートライト、君も艦長に立候補するっていうのかい?」


「ああ。俺とバーニィと、どっちの方がこのふねのリーダーになるべきなのか、ちゃんと勝負して決めようぜ」


 ジオは、かけていたサングラスを外しつつ、クリフに向かってそう言った。


「勝負?」


真剣ガチでな。文句はねえだろ、バーニィ?」


 不敵な笑みを浮かべながら、ジオはバーニィを見すえた。その言葉に、クリフが続ける。


「キャプリス、君の意見は?」


「いいよ。ジオ、僕と勝負しよう」


 バーニィは、ジオの目を正面から見返しつつ、はっきりと告げた。


「でも、どうやって決めるの?」


 エミリアがたずねる。


「みんなのリーダーなんだから、手っ取り早く多数決で決めようよ」


 と、アニスが提案した。そのまま彼女は立ち上がり、みんなの前に出る。


「それじゃ、今から多数決を取るよ。まず、バーニィがこのふねの艦長にふさわしいと思う人は、手を挙げて」


 アニスは、自分も手を挙げながら少年たちを見回した。バーニィとエミリアのほか、マノンがおずおずと挙手していた。マノンは、最初に自分を南極に連れて行くと言ってくれたバーニィに、少なからず信頼を持っているようだった。


「じゃ、ジオがいいっていう人は?」


 ジオは、挙手しながら隣のフリッツをにらみつけた。フリッツは下を向きつつ、しかたなくジオに一票を入れた。


「ちょっとぉ、クリフにハンス、あんたたちもジオ派なの?」


 フリッツはともかくとして、あとのふたりがバーニィではなくジオの方に手を挙げたのが、アニスには意外だった。


「ふたりの能力を総合的に判断すると、僅差でカートライトの方が適任かと思ってね」


「んー、俺もまあ、何となく」


「……四対四。引き分けになっちゃったじゃない。どうするの?」


 アニスが残念そうに言う。


「ここはひとつ、柔道一本勝負で決めるか? でなきゃ、腕ずもうアームレスリングでもいいぜ」


 ジオは立ち上がると、制服の袖をまくり上げながらそう言った。


「そんなの、あんたの得意分野じゃん。ずるいよ」


 アニスが口をとがらせる。

 とはいうものの、少年たちにはちょうどいい決定方法がなかなか見つからない。しばらくの沈黙の後、エミリアがふと思いついたように話し出した。


「もういっそのこと、これで決めましょうよ」


「?」


 彼女は手元に持っていたカバンの奥から、ひと組のトランプを取り出すと、その中から二枚のカードを抜き出した。それはスペードのエースと、ジョーカーだった。

 エミリアは、カードによるくじ引きで決めようというのだ。このままではお互いラチが開かないと考えたのか、バーニィとジオも彼女の提案に同意した。エミリアは、その二枚を何度もシャッフルしたのち、伏せたカードをふたりの前に差し出して言った。


「勝負は一回きりよ。どっちが先に引く?」


「俺が先だ。いいだろ、バーニィ」


 ジオはそう言うや否や、半ば強引に一枚を引き抜いた。

 文句をつけるヒマさえないそのすばやさに、唖然とするバーニィ。そんな彼に、エミリアはニッコリと優しく微笑みながら、残りの一枚を手渡した。


「はい、バーニィ。あなたはこっち」


 そう言うとエミリアは、ふたりに向かって告げた。


「さあ、エースを引いた方が艦長よ。いいわね?」


「もちろん、わかってるさ」


 ジオは、当然というように答える。


「じゃ、オープン」


 ジオはカードを裏返す。絵柄はジョーカーだった。


「げっ」


 思わず、ジオの顔がゆがむ。


「と、いうことは……」


 バーニィは、自分のカードを確認した。スペードのエースである。


「僕がエースだ!」


「やった! これで、バーニィが艦長で決定だねっ」


 この結果に、アニスはまるで自分のことのように喜んだ。


「いや、ちょっと待ってくれよ。今のは……」


 そう言って焦るジオに、エミリアは人差し指を立ててウインクする。


「一・回・勝・負、ね?」


「……チッ」


 結局、ジオは観念したように腕組みすると、ドカッとイスに座り込んだ。


「さてそれでは、このたびこの潜水艦の艦長となられたバーナード・キャプリスさん。乗組員クルーのみなさんに、就任のあいさつをどうぞ」


 アニスはテレビのインタビュアーのようにマイクを持ったふりをして、右手の拳をバーニィに差し出した。彼は、少々照れながら話しはじめる。


「えー、この航海の間、みんなを引っ張っていけるようにがんばります。よろしく!」


 バーニィがそう述べると、ジオ以外の子どもたちはそろって拍手をした。ふと、マノンの方に目をやると、彼女がちょっとほっとしたような表情をしているのが見えた。


「それじゃ、まずはみんなで、居住区の方とか確認しておこうか」


 艦長の最初の提案に、少年たちは賛同の意を示した。彼らは、バーニィを先頭に次々と食堂を出て行く。不服そうな顔をしていたジオも、やれやれといった様子で、ため息をつきながらその後についていった。

 だが最後にエミリアが部屋を出て行こうとしたとき、その後ろからクリフが声をかけ、彼女を呼び止めた。


「待って、ミズ・シャンディ」


「エミリアでいいわ、クリフ」


 彼女は答えた。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」


 一瞬口ごもったが、クリフは意を決して話しはじめた。


「今のは、少々フェアではないんじゃないかな、エミリア」


「あら、どういうこと?」


「あのとき君は、ふたりがカードを選ぶ前に、エースとジョーカーのどちらが当たりのカードなのかを、あらかじめ言っておかなかった」


「そうだったかしら」


 エミリアは、穏やかな笑顔は変えずに、そっと視線だけをそらせた。


「カードをシャッフルしたのは君自身だ。君は、ジオ・カートライト・ジュニアが伏せられた二枚の中からジョーカーを引いたことをわかっていて、その上でエースの方が当たりだと言ったんじゃないか?」


「……」


 エミリアは無言のまま、くるくると自分の髪の毛をいじっている。


「つまり君は、わざとキャプリスの方を艦長に選んだ……そうだろう?」


 その指摘に、エミリアはあっけらかんと答える。


「べつにいいじゃない。このこと、みんなに言うつもり?」


 クリフは、その言葉にかぶりを振った。


「いや。正直なところを言うと、僕はどちらがこのふねの艦長でもかまわないと思っているんだ。ただ……」


 エミリアは、そう言うクリフの手を両手で握ると、彼に顔を近づけてそっとささやいた。


「あなたがバーニィを助けてあげて。ね、クリフ」


 そう言うとエミリアは、そのまま食堂を出て行った。

 ひとり残されたクリフは、いつの間にか自分のかけているメガネが、白く曇っていることに気がついていた。




《……それではこれより、あなたを本艦の艦長キヤプテンとして登録させていただきます、ミスター・バーナード・キャプリス》


 少年たちは、これから生活していく潜水艦の内部の点検をひととおり行った後、再びコンピュータルームに戻って機械音声と会話していた。


「うん。それで、僕らはこれからどうすればいいんだろう?」


 新米艦長の問いに、コンピュータは返事をする。


《今回の航海は、基本的にプログラムに従って進められます。しかしながら、艦長以下乗組員クルーの方々には、航海に必要なさまざまな部署において、状況に応じた決定や修正などの実作業を担当していただくことになります》


「そっか。南極まで、ぜんぶ勝手に行ってくれるってわけじゃないのね」


 アニスがちょっとがっかりしたように言った。


《艦長、まずは乗組員クルーの方々について、それぞれの部署を司る役職を任命した上で、入力してください》


「役職か……」


 バーニィはコンピュータの声に、しばらく考えをめぐらせていた。ふと横を向くと、マノンが胸のブローチを右手で握りしめながら彼を見つめている。そんなマノンにほほえみかけると、バーニィは言った。


「とりあえずその件は後で決めて、今日中に伝えるよ。それでいい?」


《了解しました。それではもうひとつ、艦長》


 X1エックスワンは引き続きこう言った。


《艦長権限により、本艦『CSN-X1エックスワン』に固有のニックネームを決定、入力していただきます》


「ニックネーム? このふねに、名前を付けろってこと?」


 急に思ってもみなかったことをたずねられ、バーニィは腕を組んで考え込んでしまった。


「う~ん……」


「素敵な名前にしてね、バーニィ」


 エミリアはそう言って励ます。

 そのとき、彼の頭の中にひとつの言葉が浮かんだ。


「そうだな、『マーヴェリック』……っていうのは、どう?」


「マーヴェリック?」


「『一匹狼ローンウルフ』っていう意味だよ。自分の牛に焼印を押すことを拒んで放し飼いにしていた牧場主の名前にちなんで、独立心が強い人のことをそう呼ぶんだ」


 バーニィを補足するように、クリフがそう言った。


「へえ、いいじゃん! それって、なんかすっごくカッコいいよ、バーニィ」


 アニスは、うれしそうに賛同する。ほかの子どもたちもみんな、その名前を大いに気に入ったようだ。

 そして、自然と彼らの視線はひとりの少年の方に集まる。やがてジオは、自分が乗組員クルー全員から注目されていることに気づいた。


「フン。……まあ、それでいいんじゃねえか?」


 横を向いて、渋々とつぶやくジオ。バーニィは、スクリーンに向き直って宣言した。


「よおし、決定! 本艦は今から、『マーヴェリック』だ!」


《了解しました、艦長》


 X1エックスワン改めマーヴェリックは、名付け親に向かってそう答えた。




続く


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る