第12話 クンシラン
「あ、目が覚めたよ!」
目を開けると、何人かの子供たちの顔が視界に飛び込んできた。
「どこから来たんだろう?」
「見たことない人だね。」
興味深々な様子で私の顔を覗き込んでくる。
「ほらあんたたち。どきなー。」
続いて、大柄な女性が私の顔を覗き込んだ。
「あんた、もう大丈夫かい?」
そういって女性は私の額に手を当てた。
思ったより硬い手の平だな、とぼんやり思いながら、私はゆっくり上半身を起こそうとした。
「イタタ…」
「無理するんじゃないよ。」
女性が起き上がろうとする私の背中を支えてくれる。
周りを見渡すと、女性と先ほど顔を覗いていた子供たちが心配そうな顔で私のことを見ていた。
「ここは…?」
「ここは村の診療所のようなところさ。あんた、村の前で倒れていたんだよ。」
それを聞いて、ここが目的地のククル村だということを思い出す。
(夢じゃなかったんだ…。)
一気に緊張の糸が切れ、思わず涙が出てくる。
「うわ!あんた、何泣いてんだい!?」
女性がぎょっとしたような声を上げた。
「あー!シエナが泣かしたー!!」
「うるさい!あんた達は村長呼んできな!」
「シエナ」と呼ばれたその女性は、騒ぎ立てる子供たちを追い出すと、再び私の横に座った。
「まったく…。あんた、大丈夫かい?」
「あ…ごめんなさい。つい安心して…。」
私は急いで涙を拭くと、自分が見覚えのない服を着ていることに気が付いた。
「これ…。」
「ああ、その服かい?あんたが来ていたやつは泥だらけだったからね。」
シエナさんの目線の先には、トランクとともに置かれた私の服があった。
「あ、ありがとうございます。」
私がお礼を言った時、扉が開いて、子供たちに連れられた六十代くらいの男性が入ってきた。
「シエナー。ちゃんと連れてきたよー!」
意気揚々と子供たちが言うと、シエナさんはため息をついて、
「はいはい。じゃあ後で飴でもあげるから。」
と言って扉を指示した。
「わーい!」
「やれやれ。こういう時は素早いんだから。」
風のように出ていった子供たちに肩をすくめながら、シエナさんは男性に椅子を差し出した。
おそらくこの人がククル村の村長なのだろうと私は思った。
「さて…。体調は大丈夫かね?」
村長は椅子に腰かけると、私に優しく聞いた。
「はい。ありがとうございます。」
私が答えると、村長は優しそうに微笑んだ。
「それはよかった。ここに来た時のことは覚えているかい?」
記憶をたどってみるが、村の看板を見たところまでしか思い出せない。
「えと…よく覚えていません。」
「本当に驚いたよ!泥だらけで倒れていると思ったら、服はズタズタだし、足は傷だらけでひどく腫れているし、おまけにひどい高熱で意識もないしさ。」
私はシエナさんの言葉に驚いた。
そんなにひどい状態だったなんて思いもしなかった。
「五日間も意識がないから、呪いにでもかかってるんじゃないかって心配してたんだよ。」
(五日間も!?)
衝撃の事実に、一気に目が覚める。
「驚くのも無理はないだろう。しかし、なぜあんなにボロボロだったんだい?それに、その指輪についても気になる。」
村長は私の右手にはめられた指輪を指さした。
「それはこの村の者しか持っていないものだ。なぜ君が持っている?」
私は本当のことを言おうか迷った。
しかし、隠していたところで、国から追われていることはいずれ知られてしまうだろう。
私は思い切って今までのことを話すことにした。
「なるほど…。それで君はこの村に来たってことか…。」
「はい…。」
私は苦い顔をする村長の顔を盗み見た。
やはり、いくらメアリさんの紹介といえど、お尋ね者を村に置くことは難しいようだ。
(そりゃそうだよね。村全体が危険になるし。)
「あ、あの、助けていただいてありがとうございました。服まで貸していただいて…。」
私は顔を上げると笑顔でそう言った。
大丈夫。受け入れてもらえないことくらい、予想していたじゃないか。
助けてもらった上に、匿ってほしいなんて厚かましすぎる。
「体調も良くなったので、私はもう行きますね。」
涙をこらえる顔を見られたくなくて、私は二人に顔を背けてベットから降りた。
足を床につけた瞬間、ズキッと鋭い痛みが走ったが、壁に手をつきながらなんとか耐える。
「ちょっと。まだ足もそんなに腫れているじゃないか!まだ動いちゃいけないよ!」
シエナさんが慌てて私の体を支える。
「いえ、大丈夫ですから…。」
私は痛みを悟られないように無理やり笑顔を作った。
他人に拒絶されるなら、いっそ自分から身を引くほうがいい。
「まあ待ちなさい。」
村長が椅子から立ち上がって言った。
「そんな足じゃどこへも行けないだろう。しばらくここにいなさい。」
「でも迷惑じゃ…。」
そう言う私を、村長は片手をあげて制止した。
「足が治るまでだ。我々はけが人を保護しただけ。これならいいだろう?」
村長はシエナさんのほうを見ていった。
「ああ。あたしらは何も知らずにけがしたあんたを助けただけだ。」
シエナさんは片目をつぶって見せた。
「っ…。ありがとうございます。」
二人の優しさに目の奥がジンと熱くなる。
「さあ、あんたはまだ休んでな。なにか食べるものを持ってくるよ。」
シエナさんは私を再びベットへ寝かすと、部屋を出ていった。
「本当に、色々とありがとうございます。」
「いいんだよ。」
村長はそう言って再び椅子に座った。
(足がちゃんと治ったら、次はどこへ行こう。)
二人とも黙っている中、私がそんなことを考えていると、
「これは私の独り言なのだが。」
と村長が口を開いた。
「この村のはずれの山の上に、だれも使っていない屋敷があるんだが、管理する者がいなくて困っているんだ。」
私はきょとんと村長を見つめた。
「あの屋敷はこの村の所有物ではないから、我々には関係ないんだがね。」
そう微笑む村長を、私はただただ見つめるしかなかった。
「まあ、ただの老いぼれの独り言だがね。」
村長はそう言って椅子から立ち上がった。
「あ、ありがとうございます!」
はっと我に返った私は、村長に向かって頭を下げた。
「いいんだよ。」
にこりと微笑んだ村長は、ゆっくり休むように言って部屋を後にした。
一人ベットに座る私は喜びのあまり、声にならない歓声を上げた。
つまり私は、ここにいてもいいのだ。
やっと自分を認めてもらったような気がして、私は心から嬉しかった。
(でも、見ず知らずの私に、なんでこんなに優しくしてくれるんだろう?)
私は不思議に思ったが、ひとまず今は村長の厚意に甘えようと思った。
クンシラン:情け深い
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