第13話 スイートピー

「ルリ、朝ご飯持ってきたよ。」


「ありがとうございます。」


ククル村に到着して一週間が経ち、私はすっかりシエナさんをはじめとする村の人々と仲良しになった。


「おねえちゃん、今日もお話ししてー。」


私の朝食を持ったシエナさんを押しのけて、村の子供たちが部屋に入ってくる。


「こら!危ないだろう!」


食事を分けてもらう代わりに、私は子供たちに文字や計算を教えることにしていた。


「毎回うるさくて悪いね。」


「いえ。していただいていることに比べたら、私がしていることなんてお役に立てているか。」


毎朝シエナさんが朝食を持ってきて、それに続いて子供たちがやってくる。

そしてそれをシエナさんが注意する。

今ではそれが毎朝の習慣のようになっていた。


「そんなことないさ。この村では文字を読める人は少ないからね。」


城で働いていた時から感じていたが、この世界では、身分の低い人たちは学びの場を与えられていないようだ。


(これもカルチャーショックなのかな。)


しかし、知識は多いほうが将来役に立つだろう。

村の人たちもそれは理解していたが、学校などこの辺には一軒もないし、あったとしても通うためのお金がないという。


そのため、私が食事のお礼にと文字を教えることを申し出たときは、たくさんの人が喜んでくれた。


「おねえちゃん、早く食べてお話ししてよー。」


三つ編みの女の子がせがんだ。


私はいつも物語形式で文字を教えることにしている。

そのためか、私の授業は小さい子供に人気だった。


「ちょっと待っててね…そうだ、じゃあ今日はみんなの好きな食べ物の文字を書いてみよっか。」


私はパンを一切れ持って言った。


「「パン」って書ける人―。」


「はーい、わたしかけるよ!」


「ぼくも!」


子供たちは次々と手を挙げ、それぞれ持ってきた木の板に、炭で大きく「パン」と拙い文字で書いた。


「みてみて!」


(か、かわい~!)


自慢げに見せてくる様子に、私は思わず頬を緩める。


「上手だね。じゃあ、次はみんなの好きな料理の名前を書いてみよう。」


「うん!」


子供たちは書いた文字をこすって消すと、地べたに座って各々が好きな食べ物の名前を言い合いながら書いていった。


(かわいいなあ…。)


私は朝食を食べながら、そのほほえましい様子を眺めた。


「あ、こら!また床を汚して!」


皿を下げに来たシエナさんが、子供たちの手で真っ黒に汚れた床を見て叫んだ。


「今すぐ拭きなさい!」


「きゃー!」


子供たちはバラバラに逃げていった。


「まったく…。」


「ごめんなさい。あとは私がやっておきますね。」


私が謝ると、シエナさんは皿を下げながら首を振った。


「いいさ。あの子たちが後でやるさ。」


「いえ、私もそろそろ歩けるようになったので。私がやりますよ。」


真っ赤に腫れていた私の足は、薬草と安静にしていたおかげでだいぶ良くなっていた。


「痛みもないですし、腫れも引きましたから。」


私はそう言ったが、シエナさんは「汚した本人たちが掃除するべきだ」と言って引かなかった。


「それじゃあ…これからは外で授業をするようにしますね。それなら汚れても平気ですし。」


「そうかい?あんまり無理しないようにね。」


「はい。」


シエナさんが部屋から出ると、私はゆっくりとベットから降りた。


慎重に足を床につけると、久しぶりの地面のせいか少し違和感を感じたが、歩けないわけではなさそうだ。


「よし。」


私はそろそろとトランクのほうまで歩くと、中から魔術書を取り出した。


シエナさんによると、村の人たちも多少は魔法を使うことができるらしい。

しかし、それは魔法というよりは、占いや雨ごいの類に近いらしい。

私も、村の人が何か魔法を使うところを見たことがない。


「ああでもね、この村にも将来有望な魔法使いがいるのさ。」


魔法の話をしているとき、シエナさんはこの村で一番魔力の強い子がいると教えてくれた。


「あの子の魔力は国の中でもトップレベルらしくてね。この前なんか魔法学校の校長直々に会いに来たくらいさ。」


そう語るシエナさんは、まるで自分のことのように嬉しそうだった。


(将来有望な魔法使いか…。私とは大違いだなー。)


私はそう考えながらページをめくった。


「えーっと、氷の魔法は…これかな。」


ハンカチを取り出し、魔法で出した氷をくるんで足に巻く。

簡易的だが、これで足の治りが早くなるだろう。


(村では氷って貴重なんだよなあ。)


貴族や魔法を使える者は自分で氷を作ることができるが、魔力が弱い多くの農民は魔石を用いて物を冷やすしか方法はない。

ここに来るまでに訪れた村では魔石はとても貴重なものとして扱われていたから、きっとこの村でもそうなのだろう。


「あとは…この魔法かな。」


私は床に手をかざして呪文を唱えてみた。


すると、炭で黒く汚れていた床が瞬く間にきれいになっていった。


「これで良しと。シエナさんには子供たちに手伝ってもらったって言おう。」


私は魔術書を持っていること、そしてそれによって魔法を使っていることは村のだれにも話していない。


高等魔法までも使えるということで、村人たちとの溝ができるのは避けたかった。


(まあ、村長さんに事情を話すときだいぶ話省いちゃったし、今更言えにくいっていうのもあるけど。)


信用していないわけではないが、私の場合は状況が特殊すぎて、受け入れてもらえるか不安だったのだ。

そのためこの村の人たちは、私が異世界から来たことは知らず、ただの元メイドだと思っている。


(メアリさんに会ったときは、口裏合わせしておかなきゃ。)




スイートピー:ほのかな喜び

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