第11話 カスミソウ
「んん…。」
潤った空気の中、私は目を覚ました。
こんなにも深い眠りにつけたのはいつぶりだろうか。
(よく寝た…。)
起き上がってあくびをすると、視界いっぱいにきらきらと何かが輝いているのに気が付いた。
「うわっ!!」
それが大蛇の鱗だと気付き、昨日の出来事を鮮明に思い出した。
(そうだ…。私この蛇に守ってもらって…。)
寝起きの頭で一生懸命状況整理をしていると、私の声を聴いた大蛇がするりとそのどぐろを解いた。
「あなた…。夜からずっと守っててくれたの?」
私の問いかけに、蛇はじっと私の顔を覗いたままだった。
「…ありがとう。」
ゆっくりと蛇に手を伸ばすと、蛇はそれを拒まずにただじっとしていた。
クリスタルのように透き通った鱗に触れると、手にひんやりとした感触が伝わってきた。
(何かお返しできることあるかな。)
なぜ私のことを守ってくれたのかはわからないが、自分の身を危険に晒してまで犬を追い払ってくれたこの大蛇に、何かお礼をしたかった。
しばらく考えながら蛇を撫でていると、体表から伝わってくる蛇の鼓動に少しばかり異変を感じた。
「ん?」
耳を当てて聞いてみると、どくどくと脈打つ間に、何回かリズムが狂っているところがあった。
(なんだろう?)
聞く位置を変えてみると、少しだけその振動が収まった。どうやら心臓のほうに異常があるようだ。
(…。)
静かに心臓の音に耳を澄ませてみると、何かが詰まっているような感覚があった。
(なんだろう?心臓に何かある?)
私が胸に耳を当てている間も、蛇はじっと動かずにいた。
心臓の音をよく聞こうと目を閉じていると、頭の中に何かが浮かび上がってくるのを感じた。
(これは…?)
蛇の鼓動に合わせて徐々に鮮明になってくるそれは、真っ赤なリンゴだった。
(リンゴ?)
握りこぶしほどの小さなリンゴはとてもみずみずしかったが、よく見ると、リンゴの中で何かがうごめいていた。
(ヒッ!)
私はその気色悪い小さな虫に、思わず目を開けてしまった。
すると、頭に浮かんでいたイメージはすぐに真っ白な蛇の鱗に戻った。
「なにあれ…。」
この世のものとは思えない、明らかに異形のモノに鳥肌が立ち、心臓が早鐘のように鳴っている。
「あ、あれが…あなたの胸の中にあるの…?」
蛇はゆっくりと頷いた。
恐らくあの虫は蛇の体を蝕んでいるのだろう。
(どうにかして取り出さなきゃ!)
私はトランクから魔術書を取り出し、蛇を救えるような魔法を探した。
一時間、二時間が経ち、あたりが明るくなり始めても、求める魔法や薬草は見つからなかった。
ただ一つ、全ての病・害を取り除くことが可能な魔法が紹介されていた。
しかし、その魔法を使うことは私には不可能なのだ。
それは聖女のみが使える魔法だった。
(私は…聖女じゃないから、この子を救えないの?)
自分の非力さを痛感する。
何の役にも立たないのに異世界に呼ばれた、自分の非力さを。
「…ごめんね。今の私じゃ何も…。」
私は小さく呟いた。
自分のやるせなさに顔を上げることができない。
蛇は静かに顔を近づけてきた。
まるで「気にしないで」というように。
「絶対、また戻ってくるから。絶対あなたを助ける。」
私は顔を上げ、大蛇の白い目を見つめた。
大蛇はゆっくり瞬きをし、落ち着いた様子で森の奥へと帰っていった。
蛇の後姿が完全に見えなくなると、私はトランクを抱えて走り出した。
(村に着けば、何か方法が見つかるかもしれない!)
城からはだいぶ長い距離を移動してきた。
指輪の光も出発した日からだいぶ強くなってきているから、もうすぐ目的地に着くはずだ。
「ハアッハアッ…!」
毎日の移動と昨晩転んだのが加わり足がひどく痛む。
それに疲労のせいか、視界がかすんで意識が朦朧としてくる。
(早く、早く村につかないと!)
ほとんど歩くような形で走っていると、ぼんやりとした視界に、表札のような人工物が映った。
「ククル村」と書かれたそれを見て、私はついに目的地に着いたことを知った。
「やった…着いた…。」
私は一歩前に進み村に足を踏み入れた。
その瞬間、景色がぐにゃりと歪んだ。
(どうしたんだろう?)
先ほどまで聞こえていた一切の音が聞こえなくなる。
(あれ?)
そして、目の前が真っ暗になった。
カスミソウ:清らかな心・親切
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