第9話 セイヨウヒルガオ

 最初の村を出てから、私は同じようにいくつかの村を転々と周り、道中で採取した薬草などを売った。


村人たちは森に入ることは中々ないらしく、私が売る薬草は森で採ったものがほとんどだったため、薬草は驚く程好評だった。


(これならしばらく一人で生活できそう。)


私はずっしりと重くなった革袋に触れ、思わず頬を緩めた。


(どれくらい稼げたか、夜に数えてみよう。)


ここ数日はずっと野宿が続いていたが、今ではキャンプ感覚でそれも苦に感じなくなった。


火を起こすのも、水を生み出すのも、魔法を使えば造作もないことだった。

そのため、私はここまで無事にやってくることができたのだ。


 


 日が傾き始め、私はいつものように手ごろな洞窟を探そうと思ったが、中々人が入れるようなのは見つからず、仕方なく川辺に荷物を置いて火を起こした。


(今日はパンと魚かな。)


 薬草を買う村人の中には、一人で旅する私を気にかけて食事を分けてくれる人もいたため、以前のようにわざわざ森の中で食べ物を探す必要は無くなった。


 今日の村では白パンと、魚の干物を分けてもらえたが、干物は日持ちするため今日は目の前の川で魚を獲ろう。


私は足まで川の中に入り、手の平に魔力を込めて岩陰に潜む魚に狙いを定めた。


シュンッ


私の手の平から放たれた矢は、見事魚を捕らえた。


「やった!」


初めて使う魔法が成功したのと、とらえた魚が思ったより大きかったので、私は歓喜の声を上げた。


ぴちぴちと動く魚から矢を抜くと、魚はシーンと静かになった。


「矢を抜いた瞬間に対象が死ぬ魔法、か…。物騒だなー。」


時々魔術書にはこういった物騒な魔法が書かれていた。

しかもその大半が、今回の魔法のように少し捻りを利かせたものばかりで、「水をかけた瞬間に燃え上がる炎」や、「切れば切るほど絡みつく蔦」といった人間の生存本能を打ち砕くようなものが多かった。


「まったく…誰がこんなの考えたのか。」


魚を焼きながら、私は一人呟いた。


「魚が取れたはいいけど、こんなところで寝てたら危ないよね。どうしよう。」


何かいい案はないかと魔術書をめくりながらそう考えていると、結界魔法という章を見つけた。


「お?これいいかも。」


見つけたのは、外側から結界内の物を見えなくする魔法だ。


内にいる者以外が結界を通り過ぎようとすると、無意識にその部分だけ避ける追加魔法付きだ。


いくらここが森の中だからと言って、いつ追手が来るかもわからないし、それに野生動物に会ったら面倒だ。

今日は結界を張っておいた方が案座だろう。


それに図式を見た限り簡単そうだ。


私は結界を張る範囲だけ歩き、円を描くように一周してからその中心に戻って呪文を唱えた。


すると透明なドーム状の物が形成され、私とその周りを覆った。


「おお、すごい…!スノードームみたい。」


私は一度結界外に出て、もう一度中に戻った。

どうやら、魔法をかけた時に結界内にいた者は出入りが自由らしい。


(便利だな~。)


これで安心して一夜を越せる。


ちょうど魚も焼けたようだし、今日はもうゆっくりしよう。


「いただきます。」


はくっと焼き魚にかぶりつくと、意外にも弾力のある歯ごたえがした。


「おいしい~!」


筋肉質な触感とは裏腹に、味は優しく、ほのかに潮の香りがした。


貰った白パンとの相性も抜群だった。


「この川は淡水と塩水が混ざってるのかな?」


もぐもぐ口を動かしながら私はそう思った。

今日は川で体を洗おうと思ったが、どうしようか。


「ごちそうさま。」


魚の骨を地面に埋め、私は立ち上がって川で口を漱いだ。


「あれ、これただの淡水だ。」


先程食べた魚からはほんのり塩の香りを感じたが、この川は淡水だ。


(あの魚は海から上がってきたのかな。)


川が淡水なら、今日は久しぶりに風呂に入れる。


私はなるべく川の窪んでいる場所を探し、座れば何とか肩まで浸かれるくらいの深さに掘った。

そして魔法で水の温度を高めると、ちょうどいい湯加減になった。


念のためこの周りにも同様の結界を張り、私はついに念願の風呂に入った。


しかも日本でも珍しい天然風呂だ。


「はあ~気持ちい~…。」


温かい湯に、旅の疲れが全身からするりとほどけていく。


「最っ高~!」


彼方がオレンジ色に染まった空に、水面が反射して輝いている。


「きれいだな…。」


こんな時はなんとなく感傷的な気分になる。


「ふう~。」


しばらく風呂に入っていたら心も体もリラックスできた。


「頭も冴えたことだし、明日に向けて準備しよう。」


風呂から上がって服を着、結界の中に戻ってトランクに腰掛けた。


(ちょっと固いな…。)


そういえば最後にちゃんとしたベットで寝たのはいつだっただろうか。

毎日洞窟の石の上や木のうろで寝ていたが、我ながらよくで我慢できていたなと思う。


(なんかいい魔法ないかな。)


パラパラとページをめくるが、ふかふかのベットを作る魔法なんて乗っているはずもなく、私はため息をついてページを閉じた。


「どうしよっかな~。」


トントンと指で魔術書をたたき、私は呟いた。


「お風呂でさっぱりした後は、ふかふかの布団でリラックスするのが鉄則なのに…。」


少しの間考えていると、ある一つの案が浮かんだ。


(石の上で寝る羽目にならなければいいんじゃない?)


地面が石しかないなら、地面に触れなければいいのだ。


私は指先を地面に向け、魔法を唱えた。


すると足元に風の渦が巻きおこり、体がふわりと浮かび上がった。


「お、割といいかも?」


ベットみたいな感触は全くないが、浮き上がった体を横にしても安定感は変わらなかった。


傍から見たら空中で横になっているようにしか見えないが、どうせ人からは見えないのだ。今日はこのまま寝てみよう。


「まずは資金の確認ね。」


ごろりと寝転がったまま革袋を取り出し、中の硬貨を空中に並べた。


「えーっと、銀貨が1、2…」


数えてみたところ、銀貨が30枚、銅貨が68枚だった。


たしか銅貨20枚で銀貨1枚分、銀貨100枚で金貨1枚分だったはずだ。

金貨一枚には大体小さな家一軒分くらいにはなるらしいが、まだまだ金貨に替えるには足りない。


食料を買う分のことも考えると、もっとお金が必要だ。


「メアリさんの村まであとどれくらいなんだろう。」


村を指し示す指輪の光は日に日に濃くなってきているため、着実に近づいていることは確かだが。


「お金を稼ぐなら、薬草を売るだけではだめだよね。」


薬草は相変わらず多く生えているが、この地域にある薬草の種類にも限りがある。

同じような種類をいつまでも売り続けるわけにもいかないだろう。


「鍋とかあったら調合とかできるのに…。」


限りある種類の薬草の中でも、組み合わせを変えるだけでも莫大な薬を作ることができる。

それに、調合すればそのぶん値段も高くなるから、お金も稼げる、ということだ。


「元手がゼロ円で、お金を稼げるってすごいなー。」


経済の授業で習った時は、元手と収入から利益を計算していたが、元手がタダなのだから、収入はそのまま私の利益になる。


「フフフ…。」


思わず口元が二ヤつくのを慌てて引き締める。


(この世界に来てから、お金にがめつくなったみたい。)


お金の有無は私にとっては死活問題なのだから、多少がめつくなるのは仕方がないが。


とりあえず、目的地に着いたら調理場を借りて薬草の調合に取り掛かろう。


「ふう…。」


仰向けに寝っ転がり、すっかり星が瞬く空を見上げた。


耳を澄ませるが、川の流れるサラサラという音しか聞こえない。


「日本では私は探されているのかな…。」


両親は突然いなくなった私を心配して探し回っているだろう。


まあ、この世界でもある意味探されているとはいえるが。


「あ、また感傷に浸るところだった。危ない危ない。寝よ。」


独りでいるときにそういう気持ちになると、心がどうしようもなく苦しくなるものだ。

そんな時は、早く寝るに限る。


「…お休み。」


誰に言うでもなく呟き、私は目を閉じた。






セイヨウヒルガオ:休息・夜

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