第8話 ガーベラ
「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです。」
食事が終わり、片付けを手伝いながら私が言うと、皿を洗っていたおばあさんは嬉しそうに笑った。
「ありがとう。あんなに賑やかな食事は本当に久しぶりだったから楽しかったわ。」
「こちらこそ、おいしいお食事をいただけて嬉しかったです。」
私は布巾で皿を拭き、戸棚へ戻していった。
「お客様なのに、片付けまで手伝ってもらっちゃってごめんなさいねえ。あの人は全然手伝ってくれないから。」
「聞こえてるぞー。」
テーブルから老人が呼びかけた。
「聞こえるように言ったんですよ。」
おばあさんは負けずに言い返すと、最後の皿を洗い終えた。
「これで終わりよ。ありがとうねえ。」
「はい。」
私はリビングに戻り、トランクを開けて冷え性に効く薬草を取り出した。
「ええと、足の冷えにはこれと、この薬草が聞くんですけど、どちらがいいですか?」
「どう違うのかしら?」
「そうですね。この円状の葉っぱは煎じて飲む用で、この枝?の様なのは粉末状にして飲んでください。味は二つとも特に違いはありませんよ。」
テーブルの上に二つの薬草を並べ、指し示しながら説明していった。
おばあさんは一つ一つ手にとって臭いをかぎ、葉っぱの方を手に取った。
「じゃあ、煎じる方をお願いするわ。」
「わかりました。」
「おいくらかしら?」
おばあさんは革袋から銅貨を取り出し、二枚ほどテーブルに置いた。
「…どうしたの?」
お金を受け取らずにいる私を、おばあさんは不思議そうに見つめた。
「えと、私あまりこういうのの単価が分からなくて…。」
おばあさんは「ああ。」と言って頷き、
「少し他の薬草も見せてもらえるかしら?」
と言った。
私はトランクから数十種類の薬草を取り出し、それぞれ効能順に並べた。
おばあさんはそれらをいくつかのグループに分け、その前に二、三枚の銅貨を置いていった。
「これはよく売っている薬草だから、大体銅貨一枚くらいね。これは…二枚くらいかしら。あなたこの薬草よく手に入れられたわねえ。これは銅貨五枚あっても足りない位よ。」
「そうなんですね。」
私はおばあさんに教えてもらった通りに値段をメモし、それぞれ値段ごとに寄り分けていった。
文字は書けるのにお金については何も知らない私を、おばあさんはいぶかしげに思っているようだったが、何も言わなかった。
「それじゃあこの薬草をいただくわね。はい、お代金。」
「ありがとうございます。」
私達のやり取りを横から見ていた老人は、私がお金をしまうのを見て、
「よし。じゃあ他の奴らにも紹介しようか。」
と言って椅子から立ち上がった。
「あら、そうなの?それじゃあお隣の奥さんの調子が悪いそうだから、そこへ行ったらどうかしら?」
おばあさんは私から受け取った薬草をポットに入れながら言った。
「ほいよ。」
「お邪魔しました。お昼おいしかったです。」
私はおばあさんに頭を下げると、老人について隣の家へ向かった。
「おーい、わしだよ。」
老人はドアをノックしてずかずかと家に入っていった。
「なんだい?騒がしいね!」
そう言って二階から降りてきた五十代くらいの女性は、我が物顔で椅子に座る老人を見、そして入っていいいものかわからず玄関で立ち尽くす私に気づいた。
「誰だいその子は?」
「薬草売りの嬢ちゃんさ。うちのばあさんがあんたの調子が悪いと言っていたから、連れてきたんだよ。」
老人がそう言うと、女性は怪しそうにじろじろと私を見た。
「は、初めまして!どのような薬草をお望みですか?」
私はスッと背筋を伸ばして元気よく言った。
「またエセ薬師じゃないだろうね?」
女性は老人をぎろりとにらんだ。
「ああ、違うよ。わしも買ったが、本物だよ。」
老人の言葉に女性はふんと言うと、
「じゃあ見せてもらおうかね。あんた、こっち入りな。」
と言ってソファーにドカッと座った。
「は、はい。」
私はおずおずとソファーの前に行き、トランクを開いて見せた。
「どのような不調がおありですか?」
「腹が痛いんだよ。こう、キリキリと胃が痛むんだ。」
(なるほど…。)
お腹の不調と言えば、あの苦いキノコしかないが…。
「これはどうですか?お腹の不調にいいですが、ちょっと苦いかもです。」
「ええ、これかい?これはあんまり好きじゃないんだけどねえ。」
そう言いながらも、女性は私が差し出したキノコを受け取った。
お金を払いながらも、女性は苦い薬を処方された子供の様な顔をしていたため、私は家庭科で習った、苦みを抑える方法を言ってみた。
「あの、あく抜きをするのはどうですか?」
シメジなどの苦みのあるキノコは、一度湯に通すと苦みが取れると先生は言っていた。
もしかしたらその方法でこのキノコの苦みが取れるかもしれない。
「そうなんだがねえ…。あく抜きをすると、鍋に味が移っちまうんだよ。」
しかし女性は首を振り、仕方がないというようにキノコを持って立ち上がった。
(ええ…。そんなに苦みが強いの?)
私はそんなのを生で食べたのかと半ば呆れながら、他に苦みを消す方法がないか思い出してみた。
(あ、そういえば、冷凍庫に入れるのもいいって聞いたような。)
キノコは冷凍保存することにより、うまみと栄養がアップするはずだ。
苦みを旨味で抑えられれば、何とか食べられるかもしれない。
「あのっ。」
私は女性に話し掛けたところで言い淀んだ。
そもそもこの世界に冷凍庫はあるのか?城で働いていた時も、冷凍庫はおろか冷蔵庫すら見たことがない。
(魔法で氷を出す?)
あの魔術書は、魔法が一般化しているこの世界でも珍しいものだと聞いた。
もし私があの本を持っていると知れれば、この村の人は不審がるのではないか?
(怪しい人だと思われれば、通報されるかもしれない。)
そうなれば、せっかくここまで逃げてきたのが無駄になる。どうしたものか。
「いったい何だい?急に押し黙ってさ。」
何も言わない私を、女性はいぶかしげに見た。
「えっと…。」
魔法を使おうか、使うまいか、頭の中で考えがぐるぐる回る。
(でも、知っている知識だけでも共有しよう。)
「あの、冷凍すると、えぐみが消える…はずです。」
私は恐る恐る言い、ちらっと女性を見上げた。
女性は怪しそうに私を見ていたが、やがて「ふん」と言うと、
「そうかい?なら、ちょっとやってみようかね。」
と、おもむろに変な石を取り出した。
「?」
私が不思議そうに見ていると、女性はキノコを甕にいれ、続いてその石をたたいたかと思うと、すぐに甕の中に放りこんだ。
「これなら一時間くらいでいいかね。」
女性はその甕を台所に置き、戻ってくると私の表情を見て
「なんだいあんた、初めて魔石を見たような顔をして。」
あれでなるほど、あの石は魔石だったのか。ということは、あの石を用いてキノコを冷やす、ということか。
「い、いえ。なんでもないです。」
「ふーん。変な子だね。まあ、あんな使い古しなんて、魔石とは言えないわな。」
そう言って大きく笑う女性に、私は苦笑いを返すしかなかった。
「本当にもう行くのかい?」
いくつかの家を回った後、辺りはすっかり夕方になっていた。
老人とおばあさんは泊まるよう提案してくれたが、髪色を変えているとはいえ、私をかくまっているとバレればこの村にも迷惑がかかる。長居は禁物だ。
(それにお弁当とか、いろいろ持たせてくれたし。)
「はい。ありがとうございました。」
「また来てくれよ。」
「嬢ちゃんの薬草は上物ばかりだからなあ。」
何人かの村人が見送りに来てくれていた。
私はトランクにお金の入った袋を大事に持ち、村人たちに手を振って出発した。
黄色いガーベラ:親しみやすさ
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