第7話 ベゴニア

昨日歩いた距離が多かったおかげか、そんなに長く歩く必要がなく、一時間ほどで出口が見えてきた。


「ふう…。」


私は森の出口近くの切り株に座り、魔法で出した水を飲んだ。


木々の葉から差し込む木漏れ日が、優しく私を包み込む。


歩いている間にまたいくつか薬草を見つけたため、村へ行ったらこれを売ってご飯を買おう。

そろそろちゃんとしたご飯が食べたい。


さっきからずっとお腹がペコペコだし、昨日の雨で歩きづらくなった地面のせいで足はくたくただった。


(もうすぐ村だし…。がんばろ。)


「よいしょっ。」


私は勢いよく立ち上がると、屈伸したりしてストレッチした。


しばらく体をほぐすと、私は一気に森の出口へと向かった。


森の出口からは小さな村が見えるが、指輪はそこより先を指しているため、この村は目的地ではないようだ。


とりあえずあの村で薬草を売ろう。

売れるか心配だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「服装よし。髪色…よし。」


念入りに格好をチェックし、私は村の方へと足を進めた。






村はその広大な敷地のほとんどを畑が占めており、民家は少なかった。


畑には何人か人がいるようで、私はひとまず畑にいる何人かに声をかけてみることにした。


「あの~、すみません。」


優しそうな老人に声をかけると、老人は少し驚いたような表情を見せたが、すぐに笑顔になって、


「ああ、どうしたんだい?」


と優しく答えてくれた。


「あの、薬草を売っているのですが、おひとついかがですか?」


なるべく怪しい人に思われないように、純粋そうな瞳を向ける。


老人は私の恰好をじっと見つめ、


「どんなのを売っているのかな?」


と少し怪しそうに言った。


しかし私はそれには気づかないふりをし、あくまで純粋な少女のふりをして、


「えっと、色々ありますよ。腹痛に効くものとか、肩凝りにいいものとか。おじいさんはどんな薬草が欲しいですか?」


トランクを開けて薬草を見せながら言う私を、老人はまだ怪しそうに見つめていたが、


「そうだねえ…。腰の痛みに効くものはあるかい?」


と、トランクの中を覗き込んだ。


「はいっ。ありますよ。」


私は一つの包みを取り出し、包んでいた葉っぱをほどいてヨモギのような香りのする草を取り出した。


「これを煎じて飲むか、お湯でほぐして痛いところに貼ってください。飲んだほうが効くのは早いのですが、とても苦くなるのでお好きな方でどうぞ。」


老人は差し出した草を受け取り匂いをかぐと、どうやら本物だと分かったらしく、


「じゃあ一つ買おうかね。いくらだい?」


と聞いた。


(しまった!私この国の通貨知らないんだった!)


何て返そうか迷い、もじもじしている私を見て、老人は


「銅貨一枚でどうだい?」


と言って懐から一枚の銅貨を取り出した。


「ありがとうございます。」


私がそう言って銅貨を受け取ろうとしたとき、昨日からほとんど食べていなかった胃が限界を迎えた。


ぐううう~と大きな音で鳴る響く胃の音に、私も老人も動きを止めた。


老人ははっはっはと大きく口を開けて笑うと、


「お嬢ちゃん、腹が減っているのかい?家で飯でも食っていきな。」


と言い、わきに置いていた籠を背負って立ち上がった。


しゃがんでいた時に想像していたよりも背が大きい。


「え、いいんですか?」


私としても、食べ物が売っているかもわからないこの土地ではそちらの方がありがたい。


「ああ。代金の代わりに、ということでどうだい?村の他の奴らにも紹介してやるからさ。」


「ありがとうございます!」


私は慌ててトランクを閉めると、老人の後を付いて行った。




「ばあさん!今帰ったぞう。」


老人が家の扉を開けると、奥から一人のおばあさんが出てきた。


「あれ、今日は早いんですねえ。」


「ああ。小さな客人に会ってな。」


私は老人の大きな体の後ろから、ひょこりと顔を出した。


「こ、こんにちは。」


「あらあ、可愛いお客さんねえ。どうしたの?」


「腹が減っているみたいでな。薬草の代金の代わりに昼飯をごちそうすることになったんだ。」


扉の横にどさりと籠を置くと、老人はおばあさんの頬にキスをした。


「あらまあ、そうですか。たいしたものは作っていないけれどいいかしら。」


「はい!ありがとうございます。」


心配そうに言うおばあさんに、私は元気よく答えた。

先程から家中に漂ういい香りに、もうお腹はペコペコだ。


老人はテーブルの近くに椅子を一つ持ってくると、私にそこへ座るよう促した。


しかしテーブルが高く、椅子に座った私には高さが足りず、頭の上のみが見える形となってしまった。


「ああ、嬢ちゃんにはこの椅子はちと低すぎたか。」


老人は申し訳なさそうに言うと、クッションをいくつか持ってきてくれ、二つ程重ねると高さがちょうどになった。


「椅子が小さいんじゃなくて、このテーブルが大きいのですよ。」


おばあさんが奥から料理を運んできた。


「さあ、召し上がれ。」


そう言って座るおばあさんの椅子にも、クッションが一つ置かれていた。


「そうかあ?わしにはちょうどいいんだがな。」


「あなたは普通の人より背が高いだけですよ。」


二人が言いあうのを横目に、私は運ばれてきた料理を見た。


スクランブルエッグに、ソーセージ、そして茶色いパンとスープだ。


(なんだか朝食みたい。)


「いただきます。」


スクランブルエッグを口に入れると、暖かな甘みと、程よい塩気がふわりと口の中に広がった。


「ああ、おいしい…。」


久しぶりのまともな食事に一人感動していると、私のことを見つめる二人と目が合った。


(やだ、これじゃすごいひもじいみたいじゃない!)


かあっと顔を赤くする私に、おばあさんはニコリと微笑むと、


「そんなに喜んでくれるなんて嬉しいわあ。この人は何を作っても「うん」とか、「ああ」とかしか言わないのよ。」


と言って、隣に座る老人を肘でつついた。


「あなたみたいな若い子が来てくれると一気に食卓が華やぐわあ。ねえ、あなた。」


「そうだな。」


そう微笑みあう二人が、日本に残してきた祖父母と重なり、私は心が安らぐのを感じた。


「おかわりはまだあるから、言ってちょうだいね。」


「はい!」


それから、私は二人との会話を楽しみながら昼食をごちそうになった。


何回もお代わりをする私に、おばあさんは大盛よそってくれた。


「ああそうだわ。あなた薬草を売っているのでしょう?私も買っていいかしら?」


食事の途中、おばあさんが聞いてきた。


「はい、もちろんです。どのようなものが良いですか?」


「そうねえ。最近足が冷えるから、何か体の温まるものが良いわ。」


「わかりました。後でお見せしますね。」


たしか冷え性に効く薬草は二つ程採っていたはずだ。


(そういえばショウガって、この世界にもあるのかな?)


前の世界では、冷えにはショウガが良いと聞いていたが、この世界にもあるのだろうか。


森の奥の薬草よりも、前の世界では割と身近にあったショウガの方が、手に入れるのも簡単だと思うが。


(後で聞いてみよう。)













ベゴニア:親切

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