第5話 エリカ

はあ、はあ、はあ…


激しい雨風にさらされながら、私はひたすら森の中を進んでいた。




雨が顔に打ち付け、視界が曇る。


自分が今どこを歩いているのか、どこに向かっているのかはわからないが、メアリさんからもらった指輪が放つ光に導かれるままにただただ歩いていた。


「うわっ。」


泥に足を取られ、私は横に転んだ。


幸か不幸か泥の上に転んだおかげで痛みはなかったが、その代わり服は泥まみれになった。


「最悪…。」


辺りは相変わらず真っ黒な雲に覆われていて昼か夜かもわからないが、冷たい雨と長時間歩いたせいで足はもう限界だった。


(どこかで雨風をしのげるところがあれば…)


そういえば、歩いている間に何度か洞穴のようなところを見かけた。


もしかしたらこの森には洞穴がいくつかあるのかもしれない。


「よし。」


私は立ち上がってよく周りを見ながら歩き始めた。




幸い、洞穴はすぐに見つかった。


大人三人分くらいは入れそうな大きさで、前にここで雨宿りをした人がいたのだろう、焚火の跡が残っていた。


火をつける道具など一切持っていないが、今の私には魔法の本がある。

火を起こすことくらい朝飯前だ。


「あ、すごい。全然濡れてないや。」


防水加工でも施されているのか、荷物の中で本だけは唯一濡れていなかった。


「えーっと。火を起こす魔法は…。」


火を生み出す魔法を探し、焚火を起こすと、洞窟内がぼうっと照らされた。


私は服を絞ると、なるべく火の近くに寄って服を乾かした。


「この服も防水しとけばよかったな…」


持っている服は、今着ているものと普段着ている使用人服、パジャマ、そしてこの世界に来た時に着ていた制服の四着のみだが、そのどれもがぐしょぐしょに濡れていた。


「魔法で乾かせないかなあ。」




探してみると、魔術書には水分を飛ばす魔法を見つけた。


「これかな?」


試しに自分の着ている服に魔法を唱えてみる。


「うえっ…」


すると服が乾くと同時に、視界がぐにゃりとゆがんだ。


平衡感覚を失い、立っていられないほどの吐き気と頭痛に襲われ、私は思わず膝をついた。


(喉が…焼けるみたいに痛い…)


慌てて洞窟を出て、降り注ぐ雨水で喉を潤した。


そうやって口を開けたまま時間が経ち、ようやく吐き気や頭痛が軽減した。


(何だったの、今の…?)


洞窟に戻り、しばらく横になっていると、だんだん意識がはっきりとしてきた。


(ただ服を乾かそうとしただけなのに、呪文間違えたかな?)


しかし、何だかこの症状には覚えがあるような気がした。


めまい、頭痛、それに吐き気…。


(まさか、熱中症…?)


夏になると毎日のように注意喚起されるアレだ。


(もしかして、服の水分と一緒に、体の水分まで蒸発しちゃったの!?)


私は慌てて自分の体を触った。


(よかった…ミイラにはなってない。)


しかしこれではっきりしたことがある。


私の魔法は人に向けてかけてはいけないということだ。


今回は気分が悪くなってからすぐに呪文を止めたが、もしあのまま続けていたら…


一人洞窟でミイラ姿の自分を想像し、ゾッと寒気が走る。


「今着ている服はあとにして、とりあえず他の服を乾かしちゃおう。」


私は他の三枚の服を乾かすと、普段の使用人服に着替え、脱いだ服を乾かした。


しかし、いくら乾いた服を着ていても、芯から冷え切った体は温まらない。


私は焚火の近くに寄り、腰を下ろした。


(これからのこと、どうしよう…)


冷えた体を温めていると、何だか惨めな気持ちになってきた。


 助けようとしただけなのに大勢の前で侮辱され、挙句の果てには城を追い出されてこんな森の中で雨に濡れている。


しかも私をあざ笑った彼らは、今頃暖かい部屋の中できらびやかな服を着てパーティーを満喫している。


(可愛い子が優遇されるのには慣れてたけど、これはなんだかなあ。)


別に周りからちやほやされたいわけじゃない。

ただ話を聞いてもらいたかった。

あんな風に、一方的に決めつけられるのではなく。


「はあ…」


私は膝を抱え、気を紛らわすように本を眺めた。


水を生み出す魔法に、風を作る魔法。


「人を不幸にする魔法とかないのかな…。」


ぼそっと呟く自分に、はっと我に返る。


「危ない危ない。そんなことしたらあの人たちと同じだ。」


あの人達みたいに、あからさまに悪意をくわえてくる人たちにはなりたくない。


でも、私は正義の味方でもないし、優しさに満ち溢れた聖女でもない。

普通に怒るし、人を恨む気持ちももちろんある。


「あの人たちが勝手に自滅する方法を探さなくちゃ。」


ただ自分から悪人になり下がることは得策じゃないと思っただけだ。


私は心優しい主人公じゃないのだから、やられたことはやり返す。




「それよりも今は、この状況をどうにかしないとね…。」


恐らく、あの王子は私が逃げ出したことを知っていずれは城の外を探し始めるだろう。


そうすれば私と仲が良かったメアリさんの故郷は、必然とその候補に挙がる。


(メアリさんに迷惑はかけられないし。)


それに、いくらメアリさんの紹介とはいえ、お尋ね者の私を村に受け入れてもらえるかはわからない。


「逃亡の基本といえば、まずは変装だよね。」


この本には、変装に適した魔法がいくつかある。

それらを使えば、しばらくは正体がバレることはないだろう。


「どの魔法使おうかな…?とりあえず、髪色を変えておこう。」


私は本を持って、魔法を唱えた。


「熱っ」


やはり私は人体に魔法をかけるのは得意ではないらしい。


一瞬頭と眼球が熱くなり、すぐに冷めた。


(どうかな?)


ブリーチをしたときに熱さを感じると前にお母さんが言っていたが、さっきの熱も似たようなものなのだろうか。


鏡がなかったため、水たまりに顔を映してみた。


「あ、でもちゃんと変わってる…。」


思い描いた色とはだいぶかけ離れた色だったが、私の髪はこげ茶色に、目は赤褐色になっていた。


(本当は金髪碧眼にしたかったけど、茶色の方が無難でいいかも…)


それにこの世界では茶色の髪は割と一般的らしいため、ちょうどよかったのかもしれない。


(これで私も一庶民だ!)


国のお尋ね者になってしまって絶望的な状況であることに変わりはないが、それでも、魔法が使えるこの状況はウキウキする。


(この魔術書があれば、なんとかお金も稼げそう。)


この世界にいる人々は皆魔法を使うことができるが、やはり魔力には差があるらしく、特に庶民は魔力の少ない人が多いのだそうだ。


つまりこの魔術書を使える私は、魔力の点においては一般の人よりも有利と言える。


(とりあえず、役立ちそうな魔法を覚えておこう。)


メアリさんが言っていたが、城に近い村には川や井戸がなく、わざわざ一時間ほど歩いたところから水を運んできているらしい。


(川を引けるような魔法を覚えれば、村の人も水を得れるし、報酬をもらえるかもしれない。)


私は水を操る魔法と、モノを動かす魔法、さらに魔力を増幅させる魔法を覚えることにした。






エリカ:孤独・寂しさ・休息

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