第3話 ルコルソウ
「ルリ、もう明り消すよー。」
「あ、ごめん。」
図書館の司書さんから魔術書をもらってから、私は毎日本を眺めていた。
本には元の世界にはなかった様々な魔法が書かれていて、本当にファンタジー世界に来たのだと実感させてくれるようでわくわくした。
私が本を閉じて布団にもぐったのを見て、フローが明りを消した。
部屋の明かりはフローの魔力で灯されているらしく、フローが指をスイっと下に下げただけで明かりが消えた。
(便利そうでいいなあ)
しかし、私は魔術書は持っているものの、なんとなく実践することをためらっていた。
(もし魔法が使えなかったら…)
もし魔力がなかったら、ますます私が意味もなく召喚されたことが証明されてしまうと思い怖かった。
(意気地なしだなあ、私。)
真っ暗な中、仰向けになって天井を見つめた。
窓から差し込む月明かりが、揺れるカーテンの影を映し出す。
ついに明日はパーティー当日だ。
明日は朝早くに起きないといけない。みんなは意気揚々としていたけれど…
(パーティーっていっても、新しく来た巫女のお披露目会なんだよなあ。)
同じ巫女として呼ばれた手前、複雑な気持ちだ。
明日は表方の仕事はなるべく避けさせてもらうことにしよう。
(はあ…寝よ。)
私は壁の方を向いて目を閉じた。
翌朝、
「ルリ、起きて~」
肩を揺さぶられて目を開けると、メイド服に着替えたフローが顔を覗き込んでいた。
「え、もう朝?」
ガバっと起き上がるも、外はまだ日すら昇っていない。
「こんな早くから支度するの?」
「遅いくらいだよー。他のみんなはもう支度終わってるよ。」
廊下からはバタバタと女中たちの駆けまわる足音が聞こえてくる。
(早…)
「ルリももう着替えたほうが良いよー。後で髪結ってあげるねー。」
フローはそう言うと、クローゼットから私の服を取り出して椅子に掛けた。
「はあ、この服嫌だなー」
「え~?すごい可愛いのにー。」
「それはフローが着るから可愛くなるんだよ。」
「私はルリも似合うと思うけどな~」
フローは鏡の前で髪を結いながら言った。
(…そんなわけないじゃん。)
私は黙って着替えると、髪のセットを終えたフローと交代して鏡の前に座った。
フローはいつもの三つ編みではなく、髪を後ろにアップにしたスタイルだ。
百合の花が彫られたバレッタで髪をまとめている。
「上手だね。」
「えへへ。ルリはどんな髪型が良い?」
「うーん。あまり派手じゃなくて動きやすいの、かな。」
「えー。それじゃあいつもの髪形と同じだよー?」
「ま、まあそうだけどさ…」
いつもの髪形は適当にポニーテールにしているだけだが、度々フローたちに洒落っ気がないと怒られる。
(今日くらいはおしゃれしてみようかな。)
「じゃあ、フローに任せるよ。」
「任せて~」
フローは慣れた手つきで私の髪をセットしていく。
「ルリの髪は真っ黒できれいだね~。」
「そう?」
「うん。黒髪は珍しいんだよー。昔は魔法使いの髪色だったんだからー。」
「魔法使いの?」
「そー。大魔法使いとかー、王様とかはみんな黒髪だったらしいよー。」
この世界ではそんなに黒髪は貴重だったのか。
(日本では普通の色なんだけどな。)
「私はフローみたいな髪にあこがれるかな。」
フローのゆるくウェーブしたベージュの髪の方が、私の直毛黒髪よりよっぽどいいと思うけど。
「ありがとー。でもね、私はルリの髪も大好きだからねー。はい、できたー。」
フローの言葉に顔を上げると、髪をセットしてもらった私が映っていた。
編み込まれたハーフアップの黒髪に、小さなスズランの髪飾りが良く映えていた。
「おお、すごい…」
私は思わず鏡を覗き込んだ。
(編み込みの形といい、髪飾りの配置といい、何でこんなに上手なんだろう。)
「フローって本当に才能あるよね。」
「えへへ、そお?」
「うん。美容院とか開けるレベル。」
「ビヨウイン?」
しまった、こっちの世界では美容院は存在していないんだった。
「え、えっと、サロンのことだよ!」
「そんなあー褒めすぎだよー。」
顔を赤くして照れている姿も可愛い。
「あんたたち、支度はできたの?」
不意にドアからメアリさんが顔を出した。
「早くしないと準備が間に合わなくなるよ!」
「い、今行きます!」
「今行くよー」
私達はバタバタと部屋を出ると、メアリさんに言われるままパーティーの準備に取り掛かった。
「そっち、テーブルセッティングして!」
「グラスこれ全部磨いてないじゃない!」
城中が準備でてんやわんやしている。
私は、ありがたいことに銀食器を磨く役を仰せつかった。
(こんなにピカピカなら磨く必要ないんじゃないかな…)
そう思いながらも、裏方の仕事を回されたことに感謝して一生懸命磨いた。
「あの、どうして食器が全部銀なんですか?」
ふと疑問に思った私は一緒に食器を磨いていた女性に聞いた。
(フォークからグラスまで…なんで全部銀なんだろ。)
「ん?ああ、それはね、今回のパーティーにはお偉いさんばかり来るから、毒を盛られることもあるのよ。だから、毒に反応する銀食器を使うってわけ。」
女性はなんという事もなしにそう言った。
「ええ…毒殺とかあるんですか?」
「そんなこと日常茶飯事よ。だからせめて、主催者側がこうして配慮しているの。」
「そうなんですね…」
物騒な世界だ。
日本の生活とはあまりにも縁遠い話で現実味は沸かないが。
「まあ、私達みたいな平民には誰も毒なんて盛らないけどねー。」
女性はそう言って快活そうに笑った。
「ははは…」
平民ジョークだろうか。
私は苦笑いしながら、磨いた食器を重ねていった。
「それでも、今日は招待客は狙われないと思うわよ。」
女性が不意に言った。
「どういうことですか?」
「だって今日は巫女様のお披露目会でしょ?王族をよく思わない貴族とか、神殿の恰好の的になるわよ。」
女性はため息をつくと、手に持っていた皿を置いた。
「いくら瘴気が強くなってきているとはいえ、なんで神殿との仲が悪い時に召喚するのかしらねえ。」
私はモカちゃんの顔を思い浮かべた。
彼女にあまり良い印象を抱いているとは言えないが、それでもこんな非日常の世界に放り込まれてしまったのは心配だ。
しかも命が危ないとくればなおさら。
「ま、巫女様は王室が徹底的に守ってくださるんだろうから心配はいらないけれど。」
「王室がですか?」
「そうよ。我が国の第二王子ルミエール様は巫女様にご心酔らしいわよ。」
(ああ、あの失礼な王子か。)
あの王子がモカちゃんにぞっこんだったのは、初めて会った時から身をもって知っている。
(なら心配する必要はないか。)
「そうなんですね。」
そこから追加の食器がやってきて、その話は打ち切りになった。
「ふう~疲れたー。」
ようやくすべての食器を磨き終わった私は、一休みしていた。
「お疲れ様。助かったわ。」
先程の女性がねぎらいの言葉と共に、軽食を分けてくれた。
「ありがとうございます。お疲れ様でした。」
私はそう言うと、もらったサンドイッチにかじりついた。
トマトのさわやかな酸味と、チーズとベーコンの香ばしい香りが口いっぱいに広がる。
「ああーおいしい~。」
「隠し味にメープルシロップを入れてるからおいしいでしょう?」
「はい。疲れた体においしさが染み渡りますね。」
「はは。面白い子ね。」
サンドイッチを食べながら、私は忙しそうに行きかう使用人の人々の様子を見つめた。
(大変そうだな…)
人事のように思っていると、料理を運んでいた使用人が通りかかった。
「おいあんた!暇ならちょっと手伝ってくれよ!」
その男性は両手と頭に料理を載せていた。
(すごっ)
「料理を運ぶ手が足りないんだ。あんた見たところメイドだろ?これ会場に持ってってくれ!」
そう言って男性は持っていた盆を押し付けると、忙しそうに走っていってしまった。
「あちゃー仕事が増えちゃったわね。」
女性はやれやれと言って盆を手に持つと、
「さあ、行きましょうか。」
と言って会場へ歩き始めた。
(会場に行くことになっちゃった…)
行きたくはないが、誰もが忙しさにバタバタしている中、私だけわがままを言うわけにはいかない。
(これを置いたら、すぐに引っ込もう。)
私は意を決して盆を手に持った。
「何してるのー?行くわよー。」
遠くから声がかかった。
「は~い。今行きまーす。」
私は駆け足で会場へと向かった。
(ルコルソウ:私は忙しい)
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