第2話 ブバルディア
メアリさんは女中の部屋に案内してくれた。
「この前新人がケガしちゃってね。人手が足りないんだよ。」
ガサガサとタンスを探りながらメアリさんはそう言うと、中から自分が来ているメイド用の服と同じ服を取り出した。
私はそれを受け取って制服から着替えた。
「丈は大丈夫そうかい?」
召使いの服に着替えた私に、メアリさんが声をかけた。
「はい。ありがとうございます。」
「それなら、早速だけど手伝ってもらおうかね。」
メアリさんはそう言うと、バケツを差し出した。
「数か月後に城のパーティーがあるからね、城の隅々の掃除をするんだ。」
私はバケツを受け取ってメアリさんの後をついて行った。
大広間へ行く間、メアリさんはこの世界についての色々なことを教えてくれた。
この世界には魔法が存在するということ。
そしてその魔法が滞る場合に、瘴気と言うものがはびこることがあること。
瘴気は自然を破壊するだけでなく、人間や動物にも害を及ぼすことがあるという。
「瘴気はこの世界にある魔法でできているからね。この世界の人間だと対抗できないんだよ。」
「だから巫女を召喚しようと?」
「そうさ。あんたの所の魔法はこっちとは種類が違うからね。」
(でも、私のいたところには魔法なんてファンタジーでしかなかったけどなあ。)
その後も、メアリさんはいろいろな話をしてくれた。
(乱暴な口調で話すけど、悪い人じゃないみたい。)
メアリさんの話は聞いていて面白かった。
初めは少し警戒していた私も、話しているうちに相槌をうったり、一緒に笑いあったりしていた。
「ははは。あんたも面白いこと言うんだね。」
「メアリさんの話が面白いからですよ。」
笑っていると、さっきまでのもやもやした気持ちが少しづつ晴れていくのが分かった。
(こんなに笑ったのも久しぶりかも。)
「あんたさ、笑ったほうが良いよ。」
「え?」
「さっきまで暗い顔してたろ?でも、あんたは笑った方が可愛いってことさ。―さあ、着いたよ。」
ポカンとする私をよそに、メアリさんはそう言って大広間の扉を開けた。
「あ、メアリ!ちょっとどこ行ってたのよ!終わらなくて大変なのよ。」
中で掃除をしていた何人かの女性がこちらに気づいて走ってきた。
「悪いね。助っ人を呼んで来たんだよ。」
私はグイっと前に出された。
「誰この子?初めて見る顔ね。」
「ルリっていうんだ。新人だよ。」
「あ、よ、よろしくおねがいします!」
ぺこりと頭を下げると、
「礼儀正しい子ね。」
「よろしく!」
「珍しい髪色をしているんだね。」
と女性たちは興味津々で迫ってきた。
「こら、ルリが困ってるじゃないか!あんたたちは仕事に戻りな!」
メアリさんが女性たちを一括すると、
「は~い」
「怖いねえ―」
と女性たちは口々に言って仕事に戻っていった。
「まったく…悪いねルリ。驚かせちゃったかい?」
「いえ、大丈夫です。」
私の言葉にメアリさんはにこっと笑った。
「そうかい。なら仕事のやり方を教えるから、ついておいで。」
それから、私はメアリさんや女性たちの力を借りながら大広間の掃除をしていった。メアリさんたちは楽しそうに話しながらも、仕事はてきぱきとこなしていた。
私はすぐに腕が痛くなって、窓を拭くのも休み休みがやっとだったけど。
「おつかれー。」
「はあ~やっと終わった。」
掃除を始めてから数時間後、日が傾きかけた頃にみんなは仕事を切り上げ始めた。
「ルリ、お疲れ。」
「お疲れ様です。」
水を汲み終わったバケツを片付けていると、メアリさんと、一緒に掃除をしていたうちの一人が私を迎えに来てくれた。
「こっちはフローだよ。あんたのルームメイトだ。」
「よろしく~。フローって呼んでねぇ。」
「ルリです。よろしくお願いします。」
フローは私と同じか少し上の、おさげ髪の似合う小柄な女の子だった。
「じゃ、そろそろ部屋に戻ろうか。」
「はい。」
廊下を歩いている間、私達三人は他愛のない話をして盛り上がった。
フローはのんびりとした性格だったが、それがメアリさんの快活さと合っていた。
「ここが私たちの部屋だよー。」
フローが扉を開けると、こぢんまりとしているが花柄の壁やベッドの置かれた部屋が見えた。
「わあ、可愛い…」
部屋に入ると、明るくホンワカした雰囲気に包まれた。
「ありがとー。なんだか褒められると照れちゃうなあ。あ、ルリのベッドはこれだよー。」
フローが指さしたベッドにはタンポポの刺繍がされていた。
「フローが刺繍したの?すごいね。」
「それほどでもないよ。ちょっと趣味ってだけー。」
「こんな才能があるんだから、こんなとこで働くよりも服屋になればいいっていつも言ってるんだよ。」
メアリさんが横から言うと、
「でも、ここで働くのは楽しいんだもん。」
フローはベッドに座りながらそう言った。
「あたしだったらさっさとこんなとこ出ていくけどね。」
メアリさんはため息をつくと、
「じゃあ、あたしはもう行くよ。また夕飯の時にね。」
と言って部屋を出て行った。
「またね~。」
フローはひらひらと手を振ると、そのままゴロンと横になった。
「―ねえ、さっきここの仕事は楽しいって言ってたけど、どうしてここで働くことになったの?」
私はベッドに腰掛けながら聞いた。
「ん~?」
フローは上半身を起こすと、私に顔を向けた。
「別に深い理由はないよお?働くところを探してただけー。」
私はそう話すフローの顔をじっと見つめた。
笑顔の裏に、何か他の思いがあるような気がした。
「…そっか。」
だけどそれを聞く権利は私にはない。
私はそう言うと、ベッドに深く座った。
フローも、私がここにいる理由は何も聞かないでいてくれた。
「じゃあ、そろそろ夕飯食べに行こうかー。」
「そうだね。」
私達はそのままの格好で食堂へと向かった。食堂は城の従業員専用で、中は人でごった返していた。
「おーい、フロー、ルリ―。こっちだよー!」
メアリさんたちが私たちのために席を取っておいてくれたようだ。
「ありがとうございます。」
「いいんだよ。それよりも、なんで今日はこんなに人があふれてるんだい?」
メアリさんはうっとおしそうに周りを見た。
私達と同じ使用人の女性の他にも、門番やその他の従業員が我先にと夕飯をもらっている。
「今はあたしらが食べる時間じゃないか。」
「それがどうにも、異世界から巫女を呼んだらしくてね。そのお方のために王子殿下が色々と準備やら何やらを急かしたせいで、予定が狂っちまったのさ。」
「巫女」と聞いて私はびくっと肩を震わせた。
たぶんこの中で、私も異世界から来たと知っているのはメアリさんだけだろう。
わざわざ異世界から呼び出されたのに即刻お役御免になったなんてみんなに知られたくはない。
「まったく、お偉いさん方はうちらの予定なんかお構いなしなのさ。」
やれやれと首を振りながら一人が言うと、その場の全員が同調したように頷いた。
「こら、聞かれたらどうするんだい?」
メアリさんがたしなめた。
「こんなに混んでるんだから誰も聞いちゃいないよ。そうだルリ、あんたなんか知ってるかい?」
「えっ?」
「うちらは一日中掃除してたからさ、何があったのかわからないんだよ。ルリは午前中いなかったろ?」
どうしよう、本当のことを話そうか。
話したくない。
でも、見ず知らずの私を受け入れてくれたみんなには嘘をつきたくない。
「えっと…」
「ルリが来たのは召喚が終わった後だから、知らないと思うよ。」
私が言い淀んでいると、メアリさんがそう言ってくれた。
「なあんだ、そうかい。」
みんなはメアリさんの言葉に興味を失ったらしく、それからそれぞれ別の話をし始めた。
(ありがとうございます。)
私はちらりとメアリさんを見上げると、メアリさんは「いいんだよ」というように私に微笑みかけた。
(本当に、助けられてばかりだなあ。)
私はいつかメアリさんに恩返ししようと心に誓った。
それからの毎日は、大変だけど楽しかった。
朝は早くに起きないといけないけれど、その分仕事が早く終わればそれだけ早く部屋に戻れるし、みんなとおしゃべりしながらする仕事はちっとも苦じゃなかった。
また、驚くことに、私はこの世界の文字を日本語同様すらすらと読むことができた。
召喚された時もそうだったが、この世界の言語は日本語とは違うものだと分かっていても、意味を理解することができるのだ。
(お決まりの言語調整能力かな。)
みんなは私が字を読めると言うと、私に図書室の仕事を回してくれた。
図書室は普段人の出入りは滅多にないため、本好きな私がいくらでも本を読めるようにしてくれたのだ。
この世界では、身分が低い人は字が読めないことが多いそうだ。
「字なんか読めなくても生きていけるからね。」
メアリさんはそう言っていたが、やはり字は読めた方が何かと便利なんじゃないかと私は思った。
なので、私は一緒に図書館の配属になった、ルビー含む何人かの子に読み書きを教えることにした。
初めはみんな覚えるのに苦労していたが、何か月か経つと、掃除の合間に簡単な本を一緒に読むまでになった。
「本ってこんなに面白かったのね!」
「ルリは物知りだねえ。」
みんなに感謝されると、私もなんだか嬉しかった。
初めは渋っていたメアリさんも、ここ最近は手紙を書くことに挑戦している。
「田舎にいる幼馴染を驚かせてやるのさ。」
そう言いながら一生懸命手紙を書くメアリさんの姿を、私達はにやにやしながら眺めた。
いつもはお姉さん気質なメアリさんも、手紙を書いているときは恋する乙女の表情をしていた。
そんなこんなしながら、あっという間に時間は過ぎ、私が召喚されてから一か月が経っていた。
幸いなことに、一か月間一度も王子にもモカちゃんにも会うことはなかったので、嫌なことを思い出すこともなかった。
でも、たまに私は考えることがあった。
(私、このままでいいのかな。)
そんな事を考える日が続いていると、パーティーの開催日がすぐそこに近づいていた。
「あたしらは料理を運んだり、裏方の作業をするんだよ。」
そう言いながら、メアリさんはパーティー用の女中服を取り出した。
いつもよりもフリルの多い豪華なデザインだ。
(うわ…)
「そんなあからさまに嫌な顔するんじゃないよ。こういう時でなきゃこんな服は着れないんだから。」
「でも私絶対似合わないですよ…」
「そんなことないさ。ああ、当日はフローに髪を結ってもらいな。」
メアリさんがそう言うと、フローは
「任せて~。」
と言ってガッツポーズをした。
「もっと可愛くしてあげるんだからー。」
「まあ、よろしくお願いします…」
当日は絶対に裏方にいようと決意しながら、私は服を受け取った。
「ルリさん。」
パーティーが目前になったある日、図書館の司書さんが不意に私に話し掛けてきた。
司書さんは見た目は厳しそうなおばあさんだが、いつも私たちがきれいに掃除をした後の読書タイムを黙認してくれている優しい人だ。
「はい。」
「あなた、しばらくここに来れないんでしょう?」
「はい。」
そろそろパーティーの準備も立て込んで忙しくなりそうだったので、ちょうど私も司書さんにしばらくここに来れないと言おうと思っていた。
「私も、これを機に帰省しようと思っているのよ。」
「え、それじゃあもう会えないんですか?」
「ええ。」
突然のことに私は落胆して肩を落とした。
「そんな…」
お気に入りの本のことや、おすすめに小説について、まだまだ話したいことはいっぱいあったのに。
「だからね、あなたにこれあげるわ。」
司書さんはそう言って立ち上がり、カウンターから一冊の本を取り出した。
「え…」
「実はね、私あなたが異世界から来たことを知っていたの。だから、色々と困ることがあると思って。」
そう言って差し出されたのは、分厚い革表紙の本だった。
「魔術書よ。私が昔使っていたものだけれど。でも、この世界で生きていくなら魔法が必要になるときがきっと来るわ。お役に立てて頂戴。」
「そんな…大切にされているのですよね?いただけません。」
「いいのよ。私ももう年だし、この本もまた読み手ができて嬉しいと思うわ。」
「でも…」
「私ね、いつも一生懸命仕事をするあなたに感謝しているのよ。他の子達も仕事は丁寧だけど、本を種類別に仕分けまでしてくれたのはあなただけだったから。」
司書さんはフフフと微笑むと、カタリと席を立った。
「もう行くわね。ルリさん。…あなたらしく生きるのよ。」
そう言って司書さんは図書室の扉に手をかけた。
「あ、あの!」
私は机に置かれた魔術書を手に取った。
「ありがとうございます!私、これ、大切に使わせていただきます!」
司書さんは振り向いて私の言葉ににこりと笑いかけると、ぱたんと扉を閉めた。
私一人になった図書館には、紙と本棚のかぐわしい香りが残っていた。
(ブバルディア:交流・親交・情熱)
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