異世界に召喚されたけど、私には関係ないようですね
@kura4
第1話 イカリソウ
(学校、面倒くさいなあ。)
―今こそご決断の時でございます!
(まだ漫画も読み途中なのに。)
―このままでは国の存亡にかかわりますぞ。
(異世界転生者、良いなあ憧れるな。)
―どうなさるのです?
(魔法とか使って楽しそうだし。)
―お決めください!陛下!
(私も異世界行きたいよー!)
「うわああ!!」
ドスン!
痛ぁっ
お尻に鈍い痛みが走り、私はどこかから落ちたのだと理解した。
目を開けて辺りを見回すと、眼鏡がなくてぼんやりとしか見えないが、たくさんの人がこちらを見つめているのが分かる。
(うわ、最悪。恥ずかしい。)
慌てて手探りで眼鏡を探すと、私のすぐ後ろに落ちていた。
落ちた衝撃で少し歪んではいたが、壊れているわけではないようだ。
眼鏡をかけて大丈夫です、と言おうと顔を上げた私は、周りの人々を見て頭が真っ白になった。
(…え?)
私を囲んでいたのは、ヨーロッパ人のような顔をした外国人ばかりで、しかも全員服装が…
(ローマ人?)
思えば私がいるこの場所も、古代ローマの神殿のようだ。
(あー…これは思ったより高いところから落ちたんだわ。病院行かなくちゃ…)
しかし、ぎゅっと目をつぶってまた開けても、周りの景色は一向に変わらなかった。
(…異世界に来たな、これは。)
相変わらず頭は混乱していたが、普段から異世界転生ものばかり読んでいた私はなんとなく落ち着いていられた。
(やれやれ。本当に異世界に来るなんて。)
あの時自分が異世界に行きたいなんて願ったせいだろうか。
自分の行いを半ば反省していると、ざわざわとざわめく声が聞こえてきた。
前を向くと、人々の列が割れ、正面からヘーゼルの髪の男性が歩いてきた。
他の人よりも豪華な服を着ているあたり、偉い立場の人なのだろう。
(何歳だ?同い年くらいかな。)
呑気にもそう思っていると、その男性は私の前でぴたりと止まった。
「おい、これはどういうことだ。」
起こったような声で後ろの魔法使いみたいな恰好をした男性に話し掛けると、魔法使いはしどろもどろになりながら
「で、殿下…これは私共も全くの想定外であります。まさか巫女が二人も召喚されるとは…」
と言った。
(二人?)
その言葉に引っかかった私が隣りを見ると、少し離れた場所に私と同年代くらいの女の子が座り込んでいた。
少し乱れた栗色の髪に、ハーフのような整った顔立ちをしたその女の子は、ぱっちりとした目を驚きと恐怖で見開いていた。
黒髪で地味な顔立ちの私とは大違いの、まさしく美人と言う形容が似合う子だ。
(かわいい子だな…)
呑気にもそう思っていると、「殿下」と呼ばれたその男性は不機嫌そうに
「今までにこういうことはなかったのか?」
と言った。
(「殿下」ってことは王子かな?)
「は、はい。そう言った記録は残っておりません。しかし最後の召喚が何百年も前の話になりますと、正確なことは何も…」
「もうよい。」
王子はそう言うと、私たち二人をじろじろと眺めた。
「どちらが本物かなど、一目瞭然であろう。そなた、名はなんという?」
王子はそう言うと、私の隣にいる女の子に手を差し出した。
(はあ!?なにあいつ!)
私は内心イラっとしながら痛いお尻をさすって立ち上がった。
「え、えと私…」
手を差し出された女の子は戸惑ったように言い淀んだ。
「怖がらずともよい。そなたの名を知りたいだけなのだ。」
さっきとは打って変わって優しい口調で王子がそう言うと、女の子は顔を赤らめながら
「お、岡本もかです…」
と言った。
「モカ、か…そなたのようにかわいらしい名前だ。」
王子はにこりと笑いかけると、モカちゃんに手を回し
「そなたのために用意した部屋に案内しよう。」
と言って歩き始めた。
「で、殿下!こちらの方は?」
先程の魔法使いが私を指さして王子に呼び掛けた。
王子は私を一瞥すると、
「ああ、間違えて召喚してしまった者か。そのまま追い出してしまえ。」
と冷たく言い放った。
(何こいつ…失礼じゃない?)
「そ、そんな、殿下それはあまりにも…」
魔法使いが言うと、王子はハアとため息をつき、
「では召使いにでもすればよかろう。」
と面倒くさそうに言った。
「もうよいか?異世界からの巫女を部屋に案内しなければならぬのでな。」
(私も一応異世界から来たんですけど?)
不満そうに睨む私をふっと見下しながら笑うと、王子はモカちゃんを連れて去っていってしまった。
去り際、モカちゃんが上目遣いに私を見た。
傍から見れば、彼女が私を心配しているように見えただろう。
しかし、あの顔が意味することを私は知っている。
「可哀想」
そう、小さい頃から向けられてきたあの表情だ。
前の世界の私には、友達の一人にモカちゃんのようなかわいい子がいた。
彼女はモデルをしているような、スタイルも顔も文句のつけようがない子だった。
彼女の隣にいる、地味な一重で眼鏡っこの私はいつも引き立て役としか見られていなかった。
私自身それは一番痛感していたけど、彼女はいつも明るく優しい子だったから、そんなことは気にならなかった。
一緒にいると楽しかった。
あの時までは。
聞いてしまったのだ。彼女の口から、友達だと思っていたあの子自身が言っているのを。
(あいつと一緒にいると、優しい人に見られて超ラッキーだよねー)
と。
その言葉に、私はとても傷ついた。
知らなかった、そんなこと。
いや、本当は知っていた。
彼女が私を都合よく使っていたのは、分かっていたのに。
(馬鹿だ。)
その日から、学校へ行くのが面倒くさくなった。
あのことを問い詰めたところで、しらを切られるのがオチだろう。
それに、最悪私が悪役にされかねない。
本心を知っているうえで都合良い引き立て役を演じるのは、苦痛以外の何物でもなかった。
(結局、人は見た目だよね。)
モカちゃんの目にも、私に対する同情がにじみ出ていた。
「なんでそんな可愛くないの?」
あの子と同じで苦労せずに育ったモカちゃんには、私の状況を理解できないんだろうなあ。
私は諦めてため息をつくと、さっきの魔法使いに声をかけた。
「あの。」
「は、はい?」
魔法使いは少し驚いたように飛び上がったが、すぐに気まずそうな顔になった。
(まあ、名前すら聞いてもらえなかったしね。)
「さっき召使いになるようにいわれたんですけど、どこへ行けばいいですか?」
「は?」
「ですから、召使いになるしか、私には生きていく道がありませんよね。それとも、元の世界に送り返してくれるんですか?」
語尾を強めて言うと、魔法使いは再びしどろもどろになりながら、
「あ、ああ。ええと、そういったことは存じ上げませんで…」
と言った。
私は周りにいる人々を見回したが、彼らは私を不憫に思う視線を投げかけるか気まずそうに目を背けるかしなかった。
「はあ…分かりました。では自分で探します。」
私は人々の間をかき分けると、部屋を後にした。
背中に人々の同情の視線をひしひしと感じる。
(何なの…)
異世界に来てまで恥をかかされて、気分は最悪だった。
(結局ここも一緒じゃない。)
場所もわからず、しばらくやみくもに道を進んでいると、
「おーい!」
と、後ろから私を呼びかける声があった。
振り返ると、廊下をショートカットの女性が走ってきた。
「なんですか?」
「あんた、仕事探してるんだってね。ちょうど人手がなかったから手伝ってほしいんだよ。」
女性はそう言うと、にかっと笑った。
「仕事をくれるんですか?」
「そうだよ。まあ、あんたがやりたかったらでいいんだけどね。」
私はしばらくの間考えた。が、もはや考える必要もないだろう。
私はここで生きていかなくてはいけないし、この女性は働き手を探している。
「やります。」
「そう来なくっちゃ!」
女性は屈託のない顔で笑うと、
「あたしはメアリ。ここで働く女中だよ。あんたの名前は?」
ここに来て初めて名前を尋ねられた。
「瑠璃っていいます。」
「ルリだね。よろしく。」
そう言ってメアリさんは手を差し出した。
「よろしくお願いします、メアリさん。」
私はメアリさんの手を握ると、ようやく緊張から解放されたような気がした。
「さあ!手伝ってもらうからにはそれらしい格好をしなくちゃね!ほら、ついておいで。」
そういって、メアリさんは私の手を引いて歩き始めた。
(イカリソウ:人生の出発)
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