通学路にて

イヤホンで耳を塞いだ。

ワイヤレスのイヤホンはあまり好きではない。取れてしまった時のショックが目に浮かぶのと、いつ落ちるかわからない心理状態でい続けることが耐えられないからだ。一つに結んだ髪をマフラーの外に出すと単語帳を一枚めくった。英単語帳を軽く握った手は単語帳と一体化している感覚に陥る。センター試験まであと1か月を切った。私が通いたいのは私が通う高校と同じ次の駅にある大学で、地元でも結構有名な大学だ。文系と理系で校舎が分かれているが、同じ町に大きなキャンパスがあるので、文系と理系の大学の間の商店街はキャンパス通りなんて呼ばれている。私はこの隣町の住民なので距離も申し分ない。ただ、それなりの偏差値でこの間の模試でD判定をたたき出した私にはもしかしたら縁がないのかもしれない。私は文系の学部を志望しているが、英語が大の苦手だ。模試の結果がご丁寧に棒グラフになって戻ってきて、英語のグラフだけ存在しなかったときはさすがに笑ってしまった。

それでも現代文やらでなんとか持ちこたえたD判定だ。

英語をやってやってやりまくる。これしか私には残されていない。英語は中学生から習い始める唯一の科目(今は小学校か)だから、結果私はおいていかれてしまったクチだ。塾の先生からは英語なんて言葉なんだ絶対わかるに決まっていると言われた。


映画についていえば、私は必ず字幕派だ。日本の吹き替えの技術はすごいと思ってはいるものの、レオナルド・ディカプリオの声は彼の声で聴きたい。実は映画の世界で働けたらいいなと昔から思っていたりする。華やかな舞台に憧れるというよりは映画を作っていく側、できれば監督なんかになれれば万々歳だ。しかし、私の英語力はグラフにもならない低いもの。海外生活など夢のまた夢だ。私と英語を結びつけるものは確かに存在するのに、それに近づくことは許されない。

駅に近づき電車が減速していく。私は単語帳を鞄の中にしまって降りる準備をする。


よーい、アクション!


カチンコが鳴らされた。駅ホームのカメラから扉のアップ。私が降りてくる。そのままパン。階段のところまで追って。そこで私の顔をアップ。今日は1駅区間で10ページ分昨日の確認ができた。イッツ・ア・ピースオブケイク!


これを毎日頭の中で想像するのが日課だ。人には言ったことなどない。これをやると結構テンションが上がる。我ながら陽気な性格だと思う。改札が近づいてきたので、流れに乗ったまま改札を出るために定期を取り出そうとポケットに手を入れる。定期がない。

たしかに左ポケットにいれたのにない。少し本腰をいれて鞄の中を探るがない。

ブレザーのポケットだっけとわちゃわちゃしていた。

まさか電車に落としたのか、ホーリーシット!!


後ろから肩を叩かれた。


「これ落としましたよ。」


上は作業着にパンツスーツを履いた短髪の爽やか青年が立っていた。

ありがとうございますと何度も頭を下げる私に彼は少しニヤケテ小さな声で私に教えてくれた。

かわいい女の子がホーリーシットはあまり大きな声で言わない方がいいと。そして彼はさっそうと立ち去り、改札を抜けると、作業着に書いてあったマークと同じマークがついた乗用車に乗り込み行ってしまった。


顔から火が出そうだった。電車を一緒に降りた人々はもうすでに改札の外に各々の目的地に向かって散っており、私ひとりホームの真ん中で立ち尽くしている。ホーリーシットと叫ぶ女子高生はさすがに痛すぎる。私は気を取り直して改札を通り抜けようとしたが、急いでいるのと恥ずかしいのとでぐちゃぐちゃな私の歩幅が改札のタッチに合わずに改札に止められた。

こんな不正解な行動にピンポンとなされる女子高生なんて本当に痛さの極みだ。

目的地は見えているのに阻まれる人生。何度も阻まれる主人公。ただし、この逆境をも超えることで受験合格時のカタルシスが増すというものだ。持ち前の陽気を超えるポジティブを発揮し意気揚々と自転車置き場にマイ・バイセコウを取りに向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る