横断歩道にて

スニーカーの紐が緩んだと思ったが、この足取りの重さはスニーカーのせいではないらしい。家から大学までの距離は徒歩5分。田舎から引っ越す際に決めたルールの一つでもある。目的地までの時間を限りなく無に近づけること。

でも、今日はこの横断歩道の信号が赤のままでいて欲しいと思っている。

私自身、最近は友人のケイゴと共に宅飲みを繰り返す日々を送っているが、周りの何かになろうとしている黒い人々を見るたびに、私の心は大きく揺れている。

このままの生活が変わらないように日々を維持することは案外心に来るものがある。

まるで麻薬のように私の体を駆け巡っていく。コーラやコンビニご飯、インスタントラーメンなんかもマイルドドラックと言われるものに分類されるらしいが、何も日々生み出さない生活もこれに近い気がする。ランドセルを背負う小学生が駆けていく。1時限目に登校するのは1週間ぶりだ。学校へ行くのは同じなのに、なぜ私はあの笑顔を作れないのだろう。

朝起きたままのぬくもりを連れてきたかのように、私のジャンバーの下に着たままの寝巻用のスウェットはほのかに生温かい。下のパンツだけでもと思い、押入れに押し込まれたジーパンに履き替えたが、膝の部分に横の折り目が付いたみすぼらしいものだった。

私もつまらない日常に押し込まれたジーパンの様な存在なのかもしれない。だから頭には寝癖がついて、上に重なり合う重みで後姿も小さくなっていることだろう。

今、目の前を通り過ぎた会社の名前が入った社用車に乗ったサラリーマンは決められたところに行くだけなので楽なのかなとふと思った。決められたところへ決められた時間に向かい、きめられた顔と恰好で出向く。あれ、半分以上今の私ではないか。

またスニーカーへ目線を下ろすと、歩道につぶれたガムが黒く成り果てた姿でつぶれている。君は一体元は何味だったんだろうか?ブルーベリーだろうか。私は一体何者なのだろうか。私はまた適当に一日を過ごし、ケイゴと酒を飲み明日は昼まで寝てしまうのだろうか。私の存在は夜の飲み会のときしか生まれないのだろうか。信号が点滅した。

背負ったリュックに詰め込んだ「建築計画」の教科書が重い。たった1冊だけなのに。周りよりも1年多く通っている私を他の同級生は何も言わずに卒業していった。

真剣に建築と向き合おうとするたびに、私はいつも暗くなる。設計製図の授業でエスキスをまじめにやったことはない。私が設計などできるわけがない。とにかく逃げて、逃げてさらに逃げた先に待っていたのは、もう一度建築と向き合う時間だった。これから向かう授業の単位を取らないと、私のもう一年の留年が決定する。欠席するわけにはいかない。


「それって建築じゃなくて、周りの目が怖いってわけじゃないの?」


自分がそう言った。自分の心が自分にそう言っている。知っている。建築は美しい。日本建築も西洋建築も大好きだ。特に黒川紀章の建築なんて既成概念にとらわれない素晴らしい建築だ。メタボリズム(新陳代謝)の概念で生まれ変わる可能性を秘めた建築。私も生まれ変わりたい。体にため込んだコーラとカップラーメンと共に、このぐしゃぐしゃに潰された私を捨ててしまいたい。私がやりたい建築だってある。留年なんて恥ずかしくないのか、恥ずかしいに決まっている。怖いに決まっている。私は承認が欲しい。認めて欲しい。自分が嫌いになる程愚かだと思う。認めてもらう為には建築しかない。

建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。建築。


「学生コンペに興味ないですかー?一緒に建築コンペに応募しませんかー?」


信号が青に変わり、校門で呼びかけている見知らぬ学生の声に誘われるように私は横断歩道を渡った。

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