コンビニにて

電子音と共に自動ドアが開く。中年のサラリーマンとネックウォーマーを巻いた作業着のお兄さんが入ってきた。レジの上には中華まんが並び、通路の棚には商品が陳列されている。

さっき並べたばかりのポテトチップスがお辞儀をしていた。私はさっとポテトチップスを直し飲料コーナーへ向かう。先頭がいなくなった低脂肪乳を奥から前へ詰めて陳列しなおす。レジ待ちの列ができた。最近入ったチン君のヘルプにさっとレジに滑り込んだ。


「お待ちのお客様どうぞ」


我ながら外向けの声を発していると思う。昔から両親が自宅の固定電話に出るたびに、1オクターブ高い声で話すのを見ていたからか、自分も電話口や他人と接するときは高い声を出すように努めた。自分は女性にしては声が低い方だと思っているので尚更気を付けた。

数日前、中学の同窓会で再会したマナミは、はちみつを主食にしている感じのルックスとあざとさが高い女性に見事に成長していた。


「マコトちゃんだ!元気―!?」


至近距離で手を振られた。これが女子の流儀であるらしいので、私も女子として手をふることにした。


「マコトちゃんは本当にクールビューティーだね!」


つまり女っ気がないってことなのかもしれないが、今は深堀する必要はないと思った。マナミは新宿駅の複合施設のアパレルで店員をやっているらしい。

このあざとさと外見を持っているのだからアパレル店員はこの子の本当に天職と言っていいなとあの時ハイボールを飲みながら思った。ただ、私も接客業というくくりでは同じなので、その辺りはマナミを見習うべきところはあるに違いない。例えば男子の目を気にして角ハイボールなんて頼むものではないのかもしれない。マナミの胸に視線を送る猿のような男子を無視し、ハイボールを飲み干した。


コンビニのバイトを始めて最初に思ったのは、社会人という人間は本当に機械的だと思った事だ。決まった時間に電子音を鳴らしてコンビニ入り、決まったルートで飲み物と昼ご飯を手に取りレジに並んでいる。かくいう私も他の子と同じように大学を受験し、東京の大学に進学して特に興味のない英文学部に通っているのだからあまり人の事は言えない。私は来年就職活動を始める。一体、私は何者になるのだろう。小さい時から漫画を描くのが好きだったが、周りの女子は雑誌やアイドルの話で盛り上がっていたので恥ずかしい趣味なのだと中学の時に感じてから公言はしないことにした。もちろんアニメしかみないオタクというわけではない。ただただお話の構成を考えて漫画にするのが楽しかったのだ。


チン君が声をかけてきた。


「今日の夜のシフトがんばってください。お疲れ様でした。」


なんと礼儀正しい子だと感心した。

私が夜のシフトを入れるには理由が2つある。一つはあまり友達が多くない私は、飲みにいく事が少ないので時間の有効活用がしたくて時給の高い夜シフトにしていること。そして2つ目は、ある男性に会う為だ。


「ハジメ―。次は黒ビールも入れといてー」


この男性2人組のハジメでは無い方だ。夜な夜なお酒とスナック菓子を買ってくるのだ。今夜はお客さんが彼らしかいなかった。私は棚の陳列整理にスナック菓子の前に行くとハジメではない方と横並びになった。


「ハジメ―。今度はこのピリ辛太郎にしようぜ!」


先頭のピリ辛太郎が取られたので後ろのピリ辛太郎が倒れた。

私が整理しようと手を伸ばすとこの男性も手を伸ばしていた。

なんだこれは。無言で目を合わせてしまったではないか。私の小さく漏れた「あ」に男性はニコリと笑って働き者ですねと話しかけてきた。私は咄嗟に出た「あ」で声の低さがばれてしまったのが急に恥ずかしくなった。私は小さく会釈して失礼しますとピリ辛太郎を整理した。そこにお酒コーナーからハジメと呼ばれた男がやってきた。


「菓子決まった?、、、あれ、うちのケイゴがなんかしましたか?」


私達の間に生まれた小さな間の歪みに彼は気が付いたらしい。

いえ何もと私はレジに向かった。少し声が上がった気がした。

2人は結局ビールを10本とピリ辛太郎とサキイカを入れたかごを私のところに持ってきた。私はこの2人が兄弟であるかをうたがったり、年はどのくらいだろうかとか、レジ前に横並びで会計を待つ姿をジロジロ見てしまった。私は目が悪い癖にメガネが嫌いでほとんどしないのだが、もしかしたら目つきの悪い女と思われてしまったかもしれない。会計が終わると、二人はワイワイ店を後にした。


今日の収穫は彼の名前はケイゴ君で年は同じくらい、そして笑顔が素敵な子だと思っていたが、もう一人のハジメ君といるときの彼は何だか寂しい感じの雰囲気を持っていたのに、私に声をかけたときは作り物の笑顔の様だった気がしたことだ。


私の「あ」のように彼の素をいつか見てみたいと私は思ってしまった。

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