十一、手紙の街の駅

 列車は緩やかに速度を落とし、ホームに入った。大きくも小さくも無い、良くも悪くも普通の駅の様に見えた。夜の街は静かで、列車からも街灯が街を照らすのが見えたけれど、外を出歩く人は見なかった。

 特に何をするでもなく、私は暫く駅を眺めて見たり、濡らしたタオルで身体を拭いたりしながら過ごした。

 朝起きて窓の外を見ると、向かいのホームには、郵便のマークが大きく入った貨車が何両も繋がれた状態で留置されていた。

「ここはよく手紙を書く街ですからねぇ」

 私が貨車を眺めているのを見つけたらしい車掌さんは、そんなことを言った。それから、片手を背もたれに預けて、続ける。

「ルナさんも、おばあさまに一筆手紙をしたためてみてはどうです?」

「でも、私手紙を書ける道具なんて……」

 持っていない。旅をする荷物に、筆記用具や便箋は入れなかった。おばあちゃんも、特別便りが欲しいと言うことも無かったから、考えてもみなかったのだ。

「まあ、それは問題ありませんよ。便箋も封筒も、街でいくらでも売ってますし、筆記具はこっちで準備できますから」

 手紙――か。

 手紙には、あまりいいイメージが無い。誰かからもらった手紙唯一の手紙が、両親が書いたというあの手紙なのだ。勿論、それなりの事情があるのは解っているつもりだけれど、それでも納得できない部分はある。

 ただ。

「書いてみようかな」

 おばあちゃんを安心させたいとも、思うのだ。

「それはいいですねぇ。私も書くつもりでして、まあ、こういう街にでも来ないと書く契機きつかけもありませんからねぇ……」

 車掌さんはそう言って笑った。

 駅を出た正面には、まっすぐ抜ける通りと左右へ向かう通りがあった。兎に角街には文具店みたいなものが多くて、この間行った街の食べ物屋さんが駅を囲んでいたように、ここでは文具屋が駅を囲んでいた。ただ一軒だけ、その中には郵便屋があったけれど。

 駅から真っ直ぐ伸びる通りには、見える限りでも、大体百メートルに一つくらいの間隔でポストが設置されていた。なんとなくその様子が面白くて、私は近くのお店には入らずに、通りを歩くことにした。

 街並みは、私が住んでいたパトリアの田舎とそう変わりはない。領が変わったとはいえ、隣り合う領同士で、然程文化に差異も無いのかもしれない。もっとモンスの中心付近にまで行けば違ってくるのかもしれないけれど。

 ゆっくり、多分一キロくらいを歩いたら、道は突き当りになって左右に別れた。その突き当りには、やっぱり文具店らしいお店があった。道に面した正面の硝子戸にはコル手紙店と書かれていた。なんとなくその佇まいに惹かれて、私は道路を渡り、硝子戸に手を掛けた。

 中は、こじんまりとした商店らしい作りだった。縦に三列棚が並んで、そこには例外なく便箋や封筒が置かれていた。奥にはカウンターが一つ設けられていて、さらに奥はカーテンで仕切られていた。

「いらっしゃいませ!」

 カウンターのところに座っていた女の子が、元気に声を出した。十二、三歳だろうか。

「便箋を探してるんですけど」

 私はそう言った。すると女の子は立ち上がって、私の許にととと、と駆け寄ってきた。

「色々なものを取り揃えていますよ! どなたにお手紙を書かれるんですか?」

「田舎に住んでるおばあちゃんに、無事を伝えたくて」

「もしかして、旅をされてるんですか?」

 私は小さく頷いた。女の子は目をきらきらと輝かせる。

「凄い! えっとそれでしたら――」

 女の子は私の許を離れ、隣の棚から一枚の便箋を持って戻ってきた。

「――これなんか如何でしょうか!」

 女の子が手に持っていたのは、ベージュに染められたシンプルな便箋だった。縁のところにクローバー模様があしらわれていて、ちょっとしたアクセントになっている。

「綺麗」

 安直な感想だけれど。

「お気に召して頂けたならよかったです!」

 女の子は嬉しそうに笑った。私もなんだか嬉しくなって、笑い返した。


「おや、お客様かい」


 奥のカーテンがちょっとだけ開いて、その間からおじいさんが顔を覗かせた。この女の子のおじいさんなのだろう。

「こんにちは」

 私は笑顔のまま、そう言った。

「おばあさんへのお手紙を書くんだって!」

 女の子は、また嬉しそうにおじいさんにそう言った。おじいさんはそれを聞くと、ゆっくりとカーテンの外側に出てきて椅子に座った。

「それは、いいことだ。便箋は、それでいいかい?」

「ええ、とっても気に入りました」

 私は便箋を軽く胸に抱いた。

「それはよかった。他に何か欲しいものはあるかい?」

「えっと、これに合う封筒ってありますか?」

「ああ、勿論あるとも。ところで――」

 おじいさんはそこで一つ深呼吸をした。

「君は、旅をしているみたいだね」

「ええ、そうです」

「君はどうして、旅をしているんだい?」

 おじいさんは、まっすぐ私の目を見ていた。

「おじいさま?」

 女の子がおじいさんのことを呼んでも、まっすぐに私のことを見ていた。

「両親に会いたいんです」

 私はそう言って、意味も無く手許の便箋に目を落とした。縁のクローバー模様は、やっぱり綺麗だった。

「少し変なことを聞いてもいいかな」

 私は小さく頷く。

「ご両親の顔は覚えているかい?」

 女の子は、とても不思議そうな顔でおじいさんを見ていた。

 私は顔を上げて、首を横に振った。

「……失礼なことを聞いた。すまんかった」

 おじいさんはそう言って、頭を下げた。それから、おじいさんはやっと女の子の方を見た。

「ソラや、あっちにお菓子がある。ちょっと休憩をおし」

「……わかった!」

 女の子は、少し不思議そうな顔をしてから、カーテンの向こうへと消えていった。

 お店の中は静かだった。時折、外から人の声が聞こえてくる以外には、何も聞こえなかった。奥でお菓子を食べているらしい女の子の声も。

「君は、?」

「パトリアで義務教育が終わる、十三歳の誕生日です」

 なんのこと、とは聞かなかった。おじいさんは、黙った。

 髪の毛は、櫛を使って梳かすようになったからか、少しだけ指の通りが良かった。

 また、暫く静かな時間が過ぎて、おじいさんは小さな声でありがとうと言った。

「私の不躾な質問に答えてくれたお礼だ。その便箋と――」

 おじいさんは、女の子がそうしたのと同じようにカウンターを出て、私のすぐ横にある棚の、その一番下から封筒を取った。

「この封筒を持って行ってくれ。お金は要らないよ」

「でも――」

「持って行ってくれ。漸く私も、決心がついたんだ」

 おじいさんは、封筒と便箋を紙袋に入れて持たせてくれた。

「いつか、あの子に手紙を見せる日が来る。きっとな。――また手紙を書くことがあれば、いつでもこの店へ来ておくれ」

 おじいさんがそう言った後、女の子はお菓子を持ったままカーテンから顔を出した。

「ありがとうございました!」

 そう言って、お菓子を食べた。

「またね」

 私は女の子に手を振った。そうすると、女の子も、お菓子を持っていない方の手で返してくれる。

「また来ます。ありがとうございました」

 私はそうして、コル手紙店を後にした。




『前略


 お元気ですか? 私は今、パトリアの隣、モンス領の、手紙を書く文化が盛んな街に居ます。お店で可愛らしい便箋を見つけたので、車掌さんにペンを借りて書いています。

 私はとても元気です。途中、おじいさんに銃を貰ったり、変な髪ゴムを売りつけられたり、街で出会った女の子と仲良くなったり、盗賊に攫われたりもしました。もっと詳しく書きたいけれど、あんまり文章を書くのが得意じゃないので、帰ったときに沢山お話します。

 いろんな人と出会ったり、別れたりして、辛いことも勿論あるけれど、私はとても楽しく旅をしています。だから、安心してください。

 まだまだウトピアまでは時間が掛かるけど、きっと両親に会って帰ります。それまで待っていてください。

                                      草々』

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やさしき月の列車旅 七条ミル @Shichijo_Miru

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