#860

――すでにローズが満身創痍まんしんそういだったことに気が付いたジャズが吠えたとき。


その真下では、アンとフォクシーレディが戦っていた。


アンからしてみれば、彼女は一度捕らえた相手だ。


すでに格付けは済んでいると思い、素早く片付けようとしていたが――。


「ねえ聞かせてよ、臆病おくびょうな英雄さん。今さら妹に会って、一体なんて声をかけるつもり?」


フォクシーレディがアンの心を揺さぶろうと、ぶつかり合いながらその口から聞かれたくないことを訊ねていた。


しかも、戦闘が始まってからずっとだ。


「ねえ、お願いだから聞かせてよ」


アンの閃光のような銃剣の突きを避けながら、フォクシーレディは優雅ゆうがに言葉を続ける。


「まさか自分のもとへ戻って来いとか、一緒に暮らそうとか、言うつもり?」


「悪いか? あれでもあいつは、私の唯一ゆいいつ血を分けた妹……家族だ」


返事をするつもりはなかったアンだったが。


あまりにもしつこく訊かれ続けたため、吐き捨てるように答えてしまう。


アンの返答を聞いたフォクシーレディは嬉しそうに笑う。


「だったらなんで何年も放っておいたのかしら?」


フォクシーレディは、アンが答えなくてもしゃべることを止めない。


「ずっと逃げ続けてたくせに、今さら姉さんが来たよ。さあ妹よ。私の手を取りなさいとか言われても、そんなの無理に決まってるじゃない」


アンは答えない。


いや、答えられなかった。


彼女は、バイオニクス共和国の前身組織バイオナンバーと、ストリング帝国の戦争――アフタークロエには参加しなかった。


つまり戦うことから逃げたのだ。


フォクシーレディはからかうくらいの気持ちで口にはしているが。


ストリング帝国には、共に世界を救ったヴィンテージのローズやノピア――。


さらにバイオナンバーにいたメディスン、ブラッド、エヌエーら友人たちどちらにも付かずに逃亡したことは、アンにとってもっとも言われたくないことだった。


「お前の言う通り……私は逃げ出した……」


今までのだまっていたアンが口を開く。


攻撃の手を止め、フォクシーレディを見つめる。


「だが、だからこそジャズの……彼女のしてきたことが間違っていないと理解できる……」


アンは、自分と同じような境遇きょうぐうにいながらも――。


故郷こきょうの帝国にも、友人たちがいたオルタナティブ・オーダーどちらにも付かずに、両方の――いや、世界中の勢力と手をつなごうとしたジャズのやり方こそ希望なのだと主張する。


それは、あのときにできることがあったかもしれないという、後悔と罪悪感に対して、彼女なりの罪滅ぼしといえた。


「彼女はそう……希望そのものだ。その非力な身体で多くの人間に勇気を見せ、問題から逃げずに向き合い続けたからこそ、皆が……世界が彼女を受け入れた。……だから私も……もう遅いかもしれなくとも……妹をあきらめるわけにはいかない」


変わらず無表情。


そして、大声を出すでもなく淡々した物の言い方ではあったが、アンの言葉には、もう迷わないという力強さがあった。


フォクシーレディは、そんなアンの意思を聞き、フンッと鼻を鳴らす。


「なんて言うかと思えば。結局他人に触発しょくはつされてるだけじゃないの。つまんない女ねぇ」


「つまらん女でいい……」


「あ、そう。だけど、あんたが何を言おうがローズはもう止まらない。残念ねぇ。あんたは逃げても戦っても、いつも失う側の後悔しかできない人間だわ」


そのフォクシーレディの言葉が再開のゴングとなり、二人は改めて戦闘を始めた。

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