#839

立ち尽くしていたブレイクは、その場に両膝をついた。


そして、泣きながらただうめく。


ブライダルとエンポリの名を声に出しながら嗚咽おえつく。


そんな彼の姿を見て、ローズはフンッと鼻を鳴らした。


「仲間の死で戦意喪失せんいそうしつか。どうやら私は、お前のことを買いかぶっていたようだ」


呆れたローズは、転がっているエンポリの死体を蹴り飛ばし、地面にくっするブレイクの目の前に送る。


それでも何の反応もなく、ただ呻き続ける彼を見て、ローズはその眉間みけんに深くしわを寄せた。


ローズは、かつて共に戦ったブレイクの母――クリア・ベルサウンドに、どろるような真似まねをし続ける彼に対して怒りを覚えたのだ。


かつての同胞どうほうの息子は、直接戦闘ではかなわないと思うと、剣士としてのほこりを捨てて神具の力にたよった。


そして今は敵を目の前にして、剣をにぎろうともしないブレイクを見たローズは、完全に彼に失望しつぼうする。


「恥知らずなうえに醜態しゅうたいさらすか。お前の妹は死の瞬間まで剣士だったというのに、なんと情けない」


そんな姿を見ていたくないと、ローズがブレイクにとどめを刺そうと歩き出すと――。


「待てよヴィンテージッ!」


彼女の前にソウルミューが立ちはだかった。


ソウルミューは失った両手に、彼のトレードマークであるバンダナを巻き付け、口でしばろうとしている。


止血しけつしようとしているのだ。


その態度は、ソウルミューがまだ戦うつもりであることを表していた。


上手くバンダナを縛れない彼の姿を見て、ローズはクスッと笑みを浮かべた。


「へッ、オレみてぇなのが足掻あがく姿がそんなに面白いのかよ?」


誤解ごかいするなよ。今のお前の姿を見て、兄代わりだった男のことを思い出しただけだ」


ローズがそう答えるとソウルミューは、彼女をにらみつけて声を張り上げる。


「おいブー坊ッ! 立てッ! 立って剣を取るんだよッ!」


ブレイクに向かって大声で声をかけたソウルミューに、ローズは呆れて笑っていた。


だが、ソウルミューにはそんな彼女のことなど気にせずに、両手のない腕でなんとか上着のポケットに入れていたナイフを口にくわえて言葉をかけ続ける。


「恥知らずだろうが醜態を晒そうがんなこたぁどうでもいいッ! お前は間違っちゃいねぇッ! そのなにがなんでもやってやろうって気持ちは、絶対に間違っちゃいねぇんだッ!」


ナイフを銜えたソウルミューはブレイクを激励げきれい


そして両手を失い、武器もすでにナイフのみという絶対絶命の状況でも、ローズへと向かっていく。


「やってやろうぜッ! オレも最後まで付き合ってやるからよッ! だから剣を取れッ! 取って立ってくれよッ!」


「お前……たしかソウルミューと言ったか……。打つ手もない、何の能力もないただの男が、まだ私と戦うつもりか?」


「打つ手がねぇように見えるかッ!? まだお前が泣いて逃げ出すようなプランなら、いくらでも残ってんだよッ!」


「その覇気はきと覚悟、殺すには惜しいな。……その生き様にめんじ、せめて苦しまずに殺してやる」


「やってみろよッ!」


目の前で、勝ち目のないローズへと向かっていくソウルミューの背中を見たブレイクは、無意識の内に立ち上がっていた。

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