#776

その怒鳴り声を聞いたソウルミューは、抱き締めていたダブの身体から手を離すと、周囲を物凄い勢いで見回し始めた。


先ほどの泣き顔から、安心した顔になった人物とは思えないほどの形相で、その顔と身体を強張らせて首をブンブン振っている。


「どこいんだよコラッ! さっさと出てこいナルシストサイコパス女ッ!」


そして、どこまでも続く薄暗い空間に向かって怒鳴り返していた。


そんなソウルミューのことを背中から抱き締めるダブ。


ダブは彼の耳元に、その女性のようなつややかくちびるを寄せると、そっと呟く。


「ソウルミュー……。もうそんなことしなくていい……」


「だけどダブッ! お前も知ってんだろッ!? あの人格破綻女がことあるごとにオレに突っ掛かって来るってッ!?」


ソウルミューはダブに振り向くと、ブライダルのことを話し始めた。


あの小娘は何かと自分に文句を言い、小馬鹿にしてくる。


自分が生きる気力を無くしていようがお構い無しに暴言を吐く。


自分とブライダルが喧嘩を始めると、いつもダブとリズムが止めに入っていただろうと、彼に言ったが――。


「もう、そんなことはどうでもいいんだよ。君が安らげることが何よりも大事なんだから……」


その甘い吐息と共に吐き出された言葉を聞くと、先ほどのような自我が溶けていくような感覚に襲われ始めた。


だが、それは不快感も不安も恐怖もなく、母親に抱かれているかのように心地良いものだった。


ソウルミューに母の記憶はないが、きっと母親の抱擁とはこんな安らかな気持ちになれるものだろうと、再びダブの身体から放たれる光に飲み込まれていく。


そのとき、彼の頭の中に映像が流れてくる。


それは、あのときのダブと共に神具シストルムを取り返そうとしていたときのものだった――。


「ソウルミュー……ごめんよ。僕じゃダメだったみたいだ……」


「ダメなもんか! お前がいなかったらハシエンダの奴らもオレも死んじまってたよ! おい半分猫ッ! いい加減に目を覚ませよ! リズムがお前を待ってんだッ!」


手を繋ぎながら身体が崩れていく二人だったが、ソウルミューの叫びの後――。


古代時代にありそうな襟飾り付けた、顔から全身にかけて灰色と黒の半分の毛色をしている猫――シストルムがその姿を現した。


「嬉しく思うぞ……お主らのその気持ち……。だが、我はもう持たぬ」


弱々しく口を開くシストルムに向かって――。


ソウルミューが声を荒げると、ダブもシストルムを励ますように大声を出す。


「なに弱気なこと言ってんだよッ!? あの偉そうに上から目線で喋ってたお前はどこへ行った!?」


「シストルム、一緒に帰ろう! みんなが待ってるッ!」


二人の言葉を聞き続けたシストルムは、クスッと笑うと――。


「決めたぞ……。我はお主たちに決めた……」


――ソウルミューは、何故こんなときにあのときの光景が見えるのだと思っていた。

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