#657

アン·テネシーグレッチの後ろから現れた無数の船。


ローズは、ストリング帝国と敵対している組織――元は帝国ノピア·ラッシク派のライティングが率いているオルタナティブ·オーダー軍が現れたかと思った。


だが、目に入る船はアンの乗るモーターボートや漁船など、民間人が使用するようなものばかりで、とても戦闘向きの船には見えない。


「フフフ、フッハハハッ! なんだ? それがお前の軍団か? 物乞いの集団にしか見えんぞ」


「目がくもったな……。彼らの放つ覇気を感じないのか?」


アンの言う通り、そのボートや漁船から姿を見せている者たちは、重火器を持ち、中にはくわや鎌を握っている者までいる。


その誰もがいきり立ち、これ以上先には通さないという表情を見せていた。


「彼らは何の見返りも求めず、自分の意思で動いている。そういう性分しょうぶんの者がどれだけ強いかは、お前にもわかるだろう」


「まさか……ここいるすべてがお前の後についてきたのではなく、ジャズ·スクワイアを助けるために戦おうというのかッ!?」


ローズは驚愕きょうがくしながらも、自分の見込んだ通りだと思っていた。


やはりジャズ·スクワイアには、人を惹きつける才能がある。


それは自分にはない――姉であるアン·テネシーグレッチが持っていた才でもあった。


「……たしかに、ここは一度引いたほうが良さそうだな」


「ああ、それがいい。お前も無駄に戦力は減らしたくないだろう」


「だが、このまま黙って帰るのも面白くない」


ローズはそう言うと、右腕を機械化――装甲アーマードした。


そして、その白い鎧甲冑のような腕をモーターボートや漁船へと向ける。


「愚かな民間人に、少しは戦場の痛みというものを味わわせてやる」


腕から稲妻がほとばしる。


これはマシーナリーウイルスの適合者が持つ力の一つ。


装甲アーマードした腕から電撃を放出する技だ。


ローズは電撃を放った。


彼女はアンの後ろにいるモーターボートや漁船を落とすつもりだ。


「痛みなら、彼らはもう知っている……」


だが、放たれた電撃の前にアンが立つ。


そして、彼女は機械の右腕でそれを上空へと弾き飛ばした。


早朝の川の上――まだ薄暗い空で鳴り響く稲妻は、まるで雷のようだ。


「戦場の痛みなら、彼らは何度も味わっている!」


アンがそう叫ぶと、背後の船にいる民間人たちが歓声をあげた。


その通りだ。


自分たちはずっと強者たちの好き勝手に振り回されてきた。


ストリング帝国――。


バイオニクス共和国――。


世界のリーダーは変わっていったが、結局は何も変わらない。


そして大災害が起き、エレメント·ガーディアンという化け物が現れ、世界は崩壊寸前。


それでも強者の自分本意さは変わらない。


だが、サイドテールの少女――ジャズだけが見返りなく救ってくれたと大声を出し続けている。


「この声を聞いてわかるだろう。彼女、ジャズは私たちとは違って力ではなく、徳で人々の信頼を得ているのだと」


「くだらんな。徳などというもので世界が一つなるはずなどない」


「お前が愛したクロムは誰より徳のある者だったがな」


「だがクロムは死んだッ! それはこの世界の人間が生んだ罪を、あいつに被せたからだッ!」


「ロミー……。お前も私と同じだな……。未だに過去を引きずっている……」


アンが悲しそうにそう言うと、ローズは帝国の軍船すべてに指示を出し、その場から撤退していく。


去っていくローズの背中を眺めるアンだったが、彼女は最後まで振り返ることはなかった。


「みんな……。あいつを……私はロミーを止めれないのか……」


そしてアンは俯くと、ボソッとそう呟いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る