#656

ローズはそんな女性の視線を感じ、彼女のほうを眺めた。


すでにモーターボートとローズのいる軍船は目の前だ。


少しでも進めばぶつかってしまうくらいに。


「久しぶりだな」


女性がモーターボートから見返してきたローズに声をかける。


その様子は、ボロボロのシャツにり切れたジーンズ姿すがたで、目は死んだ魚のようだ。


無表情のせいか、年齢ねんれいがわかりづらいが、二十代前半くらい――二十歳のローズが数年歳を取ったといったように見えるほど、二人の顔は似ていた。


無表情の女性――アンはナチュラルブラウンのボブスタイルのかみらしながら、言葉を続ける。


「ストリング城での戦いの後……。いや、その後にバイオナンバーに救助されて以来か。元気にしていたか?」


アンはローズに対して、久しぶりに再会した家族のような態度で接した。


そこに緊張はない。


ただ、本心で彼女の身体のことを訊ねているようだ。


それも当然。


アンはローズの姉なのだ。


だが二人には複雑な事情があり、八年前からその仲があまり良好とはいえない。


「一体なんのつもりだ? まさかわざわざそんなことを言うためにこんなところまで来たのか? だったらさっさと帰れ。私は元気そのものだ。それとも、ストリング帝国の邪魔をするつもりで現れたのか?」


「ロミー……。久しぶりに会ったのに、そんな言い方はないだろう? 私はお前の心配を――」


「お前がその名で呼ぶなッ!」


姉に過去の愛称で呼ばれたローズは、突然声を張り上げた。


彼女の右目――義眼が赤く点滅するかのように光っている。


「その名で私を呼んで許されるのは、クロム、ルー、そしてプラムやルドベキア一部の者だけだッ!」


「ロミー……」


「それ以上その名で呼ぶのなら、その無愛想な顔を焼き切ってやるぞッ!」


ローズは激高しながらピックアップ·ブレードの光の刃をアンへと向けた。


アンはうつむいて機械の右手をグッと握ると、再び彼女のことを見る。


そんな姉にローズは言葉を続ける。


「お前がここへ来たのはジャズ·スクワイアを助けるためだろう? そうやって自分よりも弱い人間に手を貸すことでしか自分を保てない……。まったく情けない奴だ」


「わかっているなら話が早い。悪いが、ここは退いてくれないか?」


「お前の言うことなど誰が聞くか。母国を捨て、世話になったバイオナンバーを……バイオニクス共和国からも逃げ、どっちつかずだったお前が何故今さら一人の少女を助ける?」


「彼女の行動が私に勇気をくれた……。それだけだ」


「ならば、ここで決着をつけるか? 人気のないところに何年も引きこもっていたお前が、ずっと戦い続けていた私に勝てるつもりか? フンッ、笑わせる」


「彼女の行動に勇気をもらったのは……私だけじゃない……」


アンの言葉を聞いたローズは、姉の乗るモーターボートの背後から、無数の船が向かって来ていることに気が付いた。

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