#573

冗談のつもりなのだろうか。


自分が食事を残すのは別に痩せたいからではない。


食べる気になれないほど精神が消耗しているのだ。


この人はそんなことも理解できずに、こんな状況下でそんなふざけたことを言うのか。


ジャズは表情を強張らせると、アミノの手を払ってその場から立ち去ろうとした。


だが、すぐにまた右手を掴まれてしまう。


「……離してください」


「ごめんなさい、ジャズちゃん……。でも、栄養はしっかり取らないとダメですよ」


「……そんなのあたしの勝手です」


「勝手って……そんなこと言わないで――」


「アミノさんには関係でしょッ! いいから放っておいてくださいッ!」


ジャズはアミノの言葉を遮って叫ぶと、今後こそその場から立ち去った。


早足で歩きながら、ジャズは地面へ顔を向けて思う。


ああ、情けない――。


なんで自分はアミノにあんな暴言を吐いてしまったのだろう。


彼女は自分のことが心配で――ただ元気になってほしくて声をかけてきただけなのに。


八つ当たりにもほどがあると、今にも泣きそうな顔になっていた。


「ジャズ、ちょっといいか?」


そんなジャズに、今度はメディスンが声をかけてきた。


どうやら彼はアミノと彼女のやり取りを見ていたようで、気まずそうな表情で近づいて来る。


「……今じゃなきゃダメですか?」


長い髪で顔を隠しながら返事をするジャズ。


メディスンはそんなジャズを無視して、その気まずそうな表情のまま彼女の前に立った。


そして、腕時計のような金属の輪を差し出す。


その金属の輪の名は、効果装置エフェクト――。


普通の人間がマシーナリーウイルスの適合者と同じ力を得るための腕輪バングルだ。


スイッチを入れればナノテクノロジー技術によって、適合者の装甲アーマードのような機械の腕を身に付けた状態となるものである。


さらにその機械装甲の手からは、ディストーション·ドライブという高出力の光線を発射できる。


ジャズの亡き叔父――ブロード·フェンダーが対特殊能力者用に持っていた兵器だ。


「見てわかると思うが、ブロード大佐の遺品だ。お前が起きてから渡すつもりだったが、忘れてしまっていた」


「そうですか……」


ジャズは差し出された効果装置エフェクトを受け取らずに、メディスンの前から去ろうとした。


だが、メディスンは無理矢理に彼女を引き留めてその遺品を手渡す。


強引に金属の輪を渡されたジャズは、思いっきりメディスンを睨みつけた。


「受け取れ」


「そんなものもらったってあたしは――」


「君には受け取る義務があるッ!」


拒否するジャズにメディスンは声を張り上げた。


ジャズは睨みつけながらも、自分の知らない彼の態度に戸惑っていた。


「大声を出して悪かった……。だけどこれには、ブロード大佐のメッセージが残されてるんだ」


メディスンは申し訳なさそうに言葉を続けると、必ず効果装置エフェクトに残されたブロードのメッセージを見るように言い、ジャズの前から去って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る