#535

激痛に悲鳴をあげるシンは、自分に何が起きているかすらもわかっていないようだった。


だが、これがイードの力であることは理解しているようで、父が手を止めるとその口を開く。


「お父様……いや、イード·レイヴェンスクロフトよ。どこかで見ているのだろう……」


シンは宙に浮かぶ自分のバラバラなった身体を眺めながら、言葉を続ける。


「どうせダブにこの光景を見せつけているのだろう。ダブッ! 俺のことなど気にするなッ! この程度の苦痛など、俺には虫に刺されるのと変わらん」


そして、冷や汗を掻きながらも弟に声をかけた。


だが、血こそ流れてはいないものの。


バラバラになった彼の身体とその神経は繋がったままのようだ。


イードが拳を握るたびに、シンの表情は激しく歪むのがその証拠だった。


「全身を虫に刺されればそれはそれで大層な苦痛だろう」


イードはそう呟くと、再び拳を強く握る。


その拳からは光が放たれ、シンは耐えきれないのかまた絶叫し始めた。


口ではダブに――弟には強がってみせたが、その全身の神経をズタズタにされるような痛みには、声に出さずにはいられない。


「うわぁぁぁあぁぁぁッ! うあわぁぁぁッ!」


「やめて……もうやめて……」


ダブは泣きながらイードに縋りつくように悲願した。


すると、イードは握っていた拳を開く。


「私は席を外す。しばらく兄弟だけで話をするといい」


そしてそう言い残すと、イードは軍幕テントから出て行った。


「兄上……」


「ダブ……やはりそこにいるんだな?」


イードはシンとダブが会話できるようにしていったようだ。


泣きながら声を発するダブに、シンは憔悴しきった顔で声をかける。


「俺を助けに……ストリング帝国まで来てくれたんだってな……。相変わらず馬鹿な弟だ……」


「たとえ馬鹿と言われようと……僕はシン兄様の弟です。兄を助けずに家族とは言えないでしょう……」


ダブがそう言うと軍幕内に静寂が流れた。


外から聞こえる夜風のみがBGMのように聞こえている。


「俺はある少年に負けた……」


しばらくすると、シンがその静寂を破った。


彼はダブに自分が敗れたこと、そしてその少年がどれだけ愚かを話し始めた。


「そいつはな、俺を殺すことなく生かした……。こんな味方すらもゴミのように扱った俺のことを……。そのときに思ったよ。この世界で、それだけの馬鹿が俺の弟以外にもいたんだなと……」


「兄上……。良い出会いがあったのですね……。僕もですよ……僕にも良い出会いありました……」


二人はそう笑い合うと、シンが弟に訊ねる。


「弟よ……。世界を救うには……」


その言葉で、二人の兄弟が浮かべていた笑顔が真剣な表情へと変わった。

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