#534

その目は今にも涙を流しそうであり、それは父であるイードに怒っているというよりは深い悲しみが見て取れるものだった。


そんな息子の気持ちが伝わったのか、イードもまた同じように憂いを帯びた顔をしている。


「お父様は何もわかっていない……。人は、誰もがお父様のいうような者ばかりじゃないんですッ!」


ダブはその悲しみを今度は表情から言葉へと変えた。


父よ、あなたに人間の何がわかると言うのだと。


そう言われたイードは顔を上げて両目を瞑ると、息子の傍へと近寄っていく。


「いや、私だけはわかっているのだ。クロエ無き今、少なくとも私だけが信念を……こころざしを持って行動している」


そして、自分のことを睨みつけているダブの目を見つめ返すと、彼に訊ねる。


「お前だって本当はわかっているはずだろう? シンもそうだ。まあ、あいつは神具の力に我を忘れてしまったが」


「兄上を変えてしまったのはあなたでしょッ!? 優しかったシン兄様を……暴力に目覚めさせたのはあなただッ!」


「違う、それは違うぞダブよ。あれはあやつが未熟だからだ。シンは力に溺れ、我を忘れた……。その証拠にお前は奇跡人スーパーナチュラルとなった今も優しいダブ·レイヴェンスクロフトのままではないか?」


イードにそう言われたダブは俯く。


その身を震わせて何も言えなくなっている。


イードはそんな息子に言葉を続ける。


「シンはかつての私のようだ……。力を手にし、傲慢さを膨らませたのだ。その点、お前は違う。お前のその綺麗な顔を見るとロイヤ――私が愛したお前たちの母を思い出す」


「優しかったお母様はあなたの怒りで死んだ……。それから兄上は変わってしまったんです……」


「そうかもしれない……。だが、何かを成し遂げるには強い意志が必要だ。そして、事を成し遂げられる人間は、この地球ちきゅうに私だけなのだ」


イードはそう言うと拳を強く握った。


その手からは光が放たれ、彼とダブの目の前に拘束されたシンの姿が現れる。


「ダブ、我が息子よ。神具シストルムを出してくれ」


イードはそう言うと、拳をさらに強く握る。


すると、どういうことだろう。


目の前に現れたシンの身体がまるでジグソーパズムのようにバラバラになっていく。


「うぐッ!? うわぁぁぁあぁぁぁッ!」


そして、次第にバラバラなっていくシンは絶叫し始めた。


ダブはそんな苦しむ兄に触れようと慌てて手を伸ばすが、目の前にいるシンの姿は立体映像のようなものなのか触ることができない。


「やめて……やめてくださいッ!」


ダブはイードに寄りかかると悲願した。


兄を苦しめないでほしいと。


そんな息子を見たイードは、再び拳を握り込み、さらにシンの身体へ痛みを与えるのだった。

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