#533

イードは軍幕テントから出ると迷わずに歩き出した。


すでに時間は遅く、冷たい夜風がその大きな体に吹きつけて来る。


その手には先ほど出された食事――かゆの入った器が持たれていた。


それからイードは、夜空を見上げて星を眺めながらたくさんある軍幕テントの中の一つへと足を踏み入れた。


「腹が減っているだろう。粥を持ってきた」


その軍幕テントの中には、彼の息子の一人であるダブ·レイヴェンスクロフトがいた。


ダブはその端正な顔を憂鬱そうに歪めながら、父に背を向ける。


イードは、そんな彼に近づくとそっと粥の入った器を手渡す。


「腹など減ってはいません」


「嘘などをつかなくていい。本拠地へ戻ったら儀式を行う。空腹では身が持たんぞ」


「どうせ……殺すのでしょ?」


ダブはそう言うと渡された器を放り投げた。


そして、父から背を向けたまま距離を取る。


そんな息子の態度に、イードは大きくため息をついた。


それからやれやれといった表情で、地面に落ちた割れた器と粥を片付ける。


「お前は、こんな八つ当たりのような真似をする子ではなかった。悪い友だちができたせいか?」


「ソウルミューは悪い友ではありません。彼は……僕に勇気を教えてくれた人……。彼のおかげで僕は、間違っていることに立ち向かおうと思えたんです」


「その間違ったこととは、私のしようとしていることか?」


イードは背を向けるダブに声をかけ続けた。


自分がしようとしていることは、子どもでも理解できるほど簡単なことだと。


「大昔から環境破壊が重大な問題となっていた。産業革命と呼ばれた時代以降――化石燃料使用の増加や人口増加に伴い、地球温暖化や異常気象、大気汚染、水質汚染、オゾン層の破壊、熱帯林の減少、砂漠化、生態系の破壊など、様々な環境問題が進行してきた。このままでは地球は人が住めない星になってしまうかもしれない……。人類は、自分たちで壊してきた自然環境の改善に迫られていた。だが、状況は悪くなるばかりだったのだ」


人類はそれからもこの世界をむさぼり続け、ついには共喰いまで始めた。


それは戦争だった。


相手の国よりも多く、豊かにと、自国――いや自分の利益ためだけに戦い、そしてさらに地球を食い潰した。


世界は――この地球はもう限界が来ている。


イードはそう言うと、今から七年前に起きたアフタークロエ以前の話を始めた。


「そのときに、愚かな人類に罰を与える神が現れた。お前にも何度も話しているだろう?」


「クロエ……。世界中に合成種キメラという化け物をばら撒いて世界を壊滅寸前まで追い詰めたコンピューターのことでしょ……」


「そうだ……。だが、神であるクロエもヴィンテージらに倒されてしまった。世界ではアン·テネシーグレッチたちが救世主などと言われているが、本当の救世主はクロエだったのだ。そのことに気が付いているのは、私だけだ」


「正気の沙汰じゃない……」


ダブはそう呟くと、イードのほうへゆっくりと振り返った。

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