#420

メイカが自分の右目――神具クロノスを怒鳴りつけていると、彼女のエレクトロンフォンが震えていた。


だが、今のメイカに電話に出る余裕などなく――いや、そもそも気が付かなかった。


クロノスは、感情的になっている彼女を何度も宥めようと声をかける。


《マスター·メイカ。お前にはマスター·クオに託された使命を果たしてもらいたい》


「ハハ、ハハハッ! そりゃそうだよねッ! でも、あたしにはそんなの関係ないッ!」


メイカには、何度も宥めようとするクロノスにことが、滑稽こっけいに映ったのだろう。


小馬鹿にするように笑いながら神具の願いを断った。


「さっきから散々言っているでしょ!? あんたは疫病神だッ! そんなもんのために、なんであたしが頑張んなきゃならないんだよッ!」


《それは我々、この世界に住むすべての者を救うためだ》


「世界に住む奴全部ためだってのッ!? ふざけないでよッ! あんたなら共和国や帝国が今まで何をしてきたか知ってるでしょ!?」


メイカはバイオニクス共和国とストリング帝国が、弱小国にしてきたことをクオの記憶から知る。


今は亡きストリング帝国の皇帝――レコーディー·ストリングは、当時世界中に現れていた人型の怪物――合成種キメラの討伐を名目とし、各国を蹂躙じゅうりんした。


そして、ストリングが暴走コンピューターとの戦いで戦死すると、今度は反帝国組織として結成されたバイオナンバーが帝国を相手に戦争。


世に言うアフタークロエが勃発した。


その戦争はバイオナンバーが勝利し、その後に組織はバイオニクス共和国を建国。


それまでストリングに支配されていた各国は解放され、共和国の属国となり、表向きでは世界は平和になった。


だがその裏では、共和国上層部による、人を人と思わない人体実験が繰り返されていた。


メイカはそのことを恋人であるラヴヘイトから聞いていたのだ(ラヴヘイトがハザードクラスに選ばれたのは、偶然の産物で、もし実験が失敗していたら今頃、生ゴミとして処分されていたと自嘲じちょうしていた)。


つまりはメイカがこの世に生を受けてから、これまで世界をコントロールしてきた者たちは独裁者や圧制者だったということだった。


「そんな奴らのためになんで里の皆が……。なんでマスターが死ななきゃならなかったのよ……。おかしいでしょッ!?」


《今は過去よりも大事なことがある。永遠なる破滅エターナル ルーインは人類の敵。そして、我々神具は諸刃の剣だ。そのうちのいくつかがイード·レイヴェンスクロフトの手に渡ったら、お前が何もしなくとも世界は終わってしまう》


「だから世界なんて知らねぇんだよッ!」


メイカはかすれ声で叫ぶと詠唱えいしょうを始める。


すると、彼女の右目にあるクロノスが黒い光を放ち始めた。


クロノスから放たれる黒い光が収まっていくと、メイカの右目にある瞳はまるで時計のように変化する。


その丸い目には、時針、分針、秒針と一から十二の英数字が刻まれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る