#418

メイカがいなくなると、イードはゆっくりとクオへと近づいていった。


その両手にはオーラを纏っており、未だに臨戦態勢のままだということがわかる。


「見覚えのない娘でしたな」


「彼女を気にしている余裕はあるのかな」


クオは一瞬で間合いを詰め、イードの腹部へ光を纏った拳を叩き込んだ。


だが、それを読んでいたイードは同じように光を纏わせた手でそれを防ぐと、強引にクオを後退させる。


老体が軽いのか、それともイードの腕力が並外れているのは、どちらにしてもクオはまるでゴールに弾かれたバスケットボールのように飛ばされてしまう。


「並みの相手なら今の一撃で決まっていましたな。年をとっても相変わらず見事な突きです。だが、一番強力な技を使ってはいない」


イードはそういうと、その巨体からは想像もできない速度でクオへと襲い掛かった。


まるで大木のような両腕がオーラを放ちながら、クオの意識を刈り取ろうと向かってくる。


クオはなんとか光の壁を作りながら攻撃を捌いているが、それはイードの拳をまとも受け止められないということを表していた。


彼の作る光の壁が、イードの拳とぶつかるたびにヒビが入る。


「もしかして、“使わない”のではなく“使えない”のですか? では、神具クロノスは今どこに?」


「儂がそれを教えると思うのか?」


「思いませんが、ここで訊ねるのが自然な会話の流れかと」


力の差は歴然だった。


イードは息一つ切らすことなくクオを追い詰めていく。


逆にクオは呼吸が乱れ始め、光を放っているのすら苦しそうにしている。


「神具……。あれは我が神クロエすら手に余るものだった。だが、禁術のおかげで私はそれを扱うことができる」


「加護も啓示も無しに神具を扱うことは……くッ!? 自らの死を意味するぞイード·レイヴェンスクロフトッ!」


「当然覚悟の上です。死がやってきたとき、ようやく私に安らぎが得る。そして、この地球ほしにも」


イードは話し続けながら拳を打ち続けていると、ついにクオの放つ光の壁が破られた。


それはまるでガラスを殴りつけたようで、バラバラになった光の欠片が飛散してく。


そして、その丸太のように太い腕がクオの枯れ木のような身体を貫いた。


クオが大量の血を吐き出すと、静かにイードのことを見つめる。


「イード……。今からでも遅くはない……。人は……変われる……のだ」


「この状況でその台詞は不自然ですよ、マスター·クオ。その言葉は、戦いに勝った者がいう台詞です」


イードはクオの身体から腕を引き抜く。


その老体にはすで血があまり残っておらず、大した出血はなかった。


大穴が開いた体で、クオは苦しそうに口を開く。


「救世主だった……。世界を救うはずのお前が、世界を滅ぼすなんて……」


イードは無言でクオのことを見つめ返していた。


その表情を見るに、彼はかつての師匠の死を惜しんでいることがわかる。


時の領地タイム·テリトリー始まって以来の天才……里の誰もが羨む才能と人柄も持ったお前が……。クロエを封じた英雄ルーザーと同じになるはずが……よりによってクロエを神と呼ぶとは……」


流れる涙がクオの心情を物語っている。


彼は、イード·レイヴェンスクロフトこそが世界を救うと信じていたのだ。


バイオニクス共和国とストリング帝国の戦争後の混乱を収め、人類を導く存在としてこの世界に平和をもたらすと。


イードは出会ってから初めて見た己の心情を吐き出す師を見て、涙を流していた。


だが、けして目を逸らさずにクオのことを見続ける。


「愛していた……それは、お前に才能があったからではない……。お前が品行方正だったからではない……。お前は……里の者と同じく儂の家族だったからだ……。それは、今でも……。こんな結果になってしまっても……変わらん……」


その言葉を最後に――。


クオは完全に沈黙。


その場にドサッと倒れてしまった。


イードはクオの遺体を持ち上げ、抱きしめる。


「さらばだ、我が師よ……」


そして、涙を流しながらその身体に光を放ち、マスター·クオを完全に消滅させるのだった。

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