#327

トレモロビグスビーにあった簡易ベットに女性を乗せ、ジャズは彼女の治療を始める。


幸い城塞での戦闘後だったこともあり、航空機内には治療するための設備はすべて揃っていた。


それに女性の怪我も大したことなく、ミックスはそれを聞いてホッと胸を撫で下ろす。


「それで、この女性ひととはどういう関係なわけ? なんか友達とかいって飛び出していったけど」


「まあ、話すけどさ。なんかジャズ……怒ってない?」


ジャズが彼女の治療を終えると、早速ミックスに訊ねた。


その様子はまるで浮気を疑う恋人のようなものだった。


だが鈍感なミックスは、何故ジャズが不機嫌そうにしているのかという理由を察することはできず、淡々と女性との関係を話し始めた。


全身と顔に傷がある女性の名はユダーティと言い、以前に学校の行事でバイオニクス共和国が世界に誇る科学列車プラムラインに乗ったときに、列車強盗をしようとしていた女性と彼女の恋人と友人になり、そして二人のことを止めた。


ユダーティを追いかけていた法衣を着た集団のことはよくわからないが、科学列車で出会って彼女らと仲良くなったのだと言う。


それを聞いたジャズとニコは呆れている。


何故列車強盗と友人になるのだと。


「まあ、あんたらしいといえばあんたらしいけど……」


「そんな変なことかな? それよりもなんで追われてたの? プロコラットがいればあんな人たち簡単に倒しちゃうのに?」


説明を終えたミックスがユダーティに訊ねると、彼女は突然泣き崩れる。


不味いことを訊いてしまったと思ったミックスは慌てて謝ると、ジャズとニコが彼女をなぐめるようにその背中をさすった。


「ごめんなさい。こいつは気が遣えるようでデリカシーがないから」


ジャズが穏やかにそう言うとニコも優しく鳴きかける。


ミックスはそんなジャズの言い方に、内心で彼女のほうがデリカシーがないと思っていた。


「あたしはジャズっていうの、あたしもユダーティって呼ばせてもらうね。 ねえ、なにがあったのか話してくれる?」


「え~と……ジャズ。ユダーティはその……喋ることができないんだ」


ミックスは言いづらそうに、ユダーティが言葉を話すことができないと言った。


彼も詳しくは知らないが、ユダーティは長年の人体実験の結果で顔も体も傷だらけで、喉も潰されていて言葉が話せないことを伝える。


言葉が話せないぶん彼女の表情は豊かで、たとえ喋れなくてもその顔を見れば何が言いたいのかは大体はわかる。


先ほど話に出てきたユダーティの恋人――プロコラットなら彼女の伝えたいことが細かくわかるらしく、一字一句間違えずに答えられる。


ジャズはその話を聞くと、ユダーティにタブレット端末を渡した。


そして、テキスト機能を立ち上げ、気持ちが落ち着いたら一体何があったのかを打ち込んでほしいとお願いする。


「よし、とりあえずここから離れるよ。さっきの連中に見つかったら面倒だからね」


「でもさ、もしプロコラットがこの近くにいるかもしれないし、離れないほうがいいんじゃ……」


「プロコラットってその人の恋人だっけ? なにがあったのかはわからないけど、今は彼女の安全が最優先だよ」


ミックスにそう言ったジャズは運転席に座り、操縦桿を握ってトレモロビグスビーを発進させた。


法衣のようなものを着た集団がどの程度の移動手段を持っているかわからないが、敗戦国とはいえ以前は世界最高の科学力を誇ったストリング帝国の航空機を追いかける乗り物を用意できるとは思えない。


一先ずはユダーティが落ち着くまで、敵から身を隠せる場所へ移動しようというのがジャズの案だった。


「他に考えがあるなら聞くけど、なんかある?」


「いや、ないです。ジャズさんに従います」


「よろしい。では、出発」


ジャズに向かって弱々しく返事をしたミックス。


そんな彼の姿を見たユダーティは、二人の力関係がおかしかったのか、その泣き顔から笑みがこぼれていた。

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