#250

それからジャズは城塞の門の上に位置する――側防塔から外を見下ろしていた。


永遠なる破滅エターナル ルーインから脱走した者たちの攻撃は今のところなく、彼女の瞳にはそこから見える広大な砂漠さばくが映っている。


ジャズについてきていたニコは、その圧倒的な光景に両目を見開いていた。


側にいた見張りの者に用意してもらった台に乗り、その身を城壁から乗り出してながめている。


そんな電気羊を見ながらジャズはクスっと笑った。


彼女は気持ちがゆるんでいる自分に反省しながらも、今まで生きてきた世界――血生臭い戦場にニコやミックスがいることで緊張感が解けていた。


そして、ニコもミックスもバイオニクス共和国にいるときと何も変わらない。


そう思うとジャズは、笑うことをこらえきれなかった。


「戦場で敵に料理を作ってやるなんて……。どんな奴にも考え付かない作戦だよ」


そうつぶやきながら笑っているジャズを見たニコは、それに同意するように彼女の傍でピョンピョン跳ねた。


周りにいた見張りの帝国兵も、そんな微笑ましい光景につい顔がほころんでしまっている。


だがそんなおだやかな空気も、砂漠から舞い上がり始めた砂埃すなぼこりによって断ち切られてしまった。


まだかなり離れているが、あの砂の舞い上がり方は集団の行進である。


「来たか……。誰か、スピリッツ少佐に敵襲だと伝えて下さい」


ジャズはそういうと、落ち着き払った態度で周囲にいた帝国兵へ指示を出し始めた。


少なくともミックスの料理ができるまでは、今の兵力で防衛しなければならない。


砂の舞い上がり方からして、五百から八百人といったところか。


それに引き換えこちらは三十人。


ミックスの作戦のためただでさえ少ない兵がけずられている。


いくら地の利や武器の科学技術に差があっても、けして油断できない状況だ。


「一つ穴が開けられれば、そこから一気になだれ込まれる……。ニコ、あんたはミックスのところへ行って」


自分からニコを遠ざけ、腕時計に付いた通信システムで離れたところにいる見張り全員へ声をかけるジャズ。


そして、自身も銃剣タイプのインストガンを持ち、その静かだった声を張り上げる。


「全員、一人も殺さないでください! これは今までに経験のない戦いとなりますが、きっと料理が出来上がれば我々の勝ちです!」


ジャズは、自分でも何を言っているんだろうと思いながらも、すんなり言葉にできたことに戸惑っていたが。


返って来る帝国兵たちの声には、その作戦に一部の疑いもない様子だったので内心で驚いていた。


これがストリング帝国兵である。


たとえどんな作戦であっても、まるで機械のように自動的オートマチックしたがう。


しばらく学園生活をしていたジャズは、そのことを忘れかけていたのだろう。


襲ってくる集団に鍋を振舞って戦いに勝利するなど――。


そんな馬鹿げた作戦に従ってくれるのは、世界を見渡してもストリング帝国の兵だけなのだということを。


「あいつが来たせいでどうも調子が狂ってるな……。気を引き締めなきゃ……」


ジャズは腕時計から顔を遠ざけると、自分の顔を両手でパンっと叩いた。


そして、再び声を張り上げる。


「全軍! 敵襲に備えてッ! 敵はもう目の前に来ます!」

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