#213

バイオニクス共和国の建国前――。


その前身組織だったバイオナンバーは、今から数十年前に結成された。


その時代は、合成種キメラと呼ばれる異形の化け物が世界中をおおいつくし、人々はおびえて暮らす日々を送っていた。


その中で化け物と戦う国があった。


世界中で唯一高度な科学力を誇る国ストリング帝国。


主であるストリング皇帝は、合成種キメラに制圧された地域を解放するために軍隊を作った。


皇帝は人間の力をはるかに上回る合成種キメラを倒すために、マシーナリーウイルスという人間の身体を機械へと変える薬品を開発。


だが、ウイルスを注入された者が自我じがを持ったまま機械化することは難しく、秘密裏ひみつりに人体実験が繰り返されることになる。


それは、解放した地域にいた人間や自国の者にまでおよび、やがて自我をたもてる者――適合者と呼ばれる人間が生まれた。


バイオナンバーの創立者であるバイオは、その人体実験から逃げ延びた男だった。


彼は帝国のやり方に危機感を覚え、反帝国組織バイオナンバーを立ち上げ、帝国や合成種キメラから人々を守るようになる。


そのメンバーの多くが孤児こじであり、彼らは皆バイオを父とあおぎ、迷うことなく命を懸けた。


若かりし頃のロウル・リンギングもその一人だ。


だが、彼の場合は他のメンバーとは違い、わりと裕福な家庭で育った人間だった。


ロウルはただの憧れで家を飛び出し、バイオについて来ていた。


そのことで周りから孤立することも多かったが、バイオは差別することなく彼を受け入れていた。


そして、ある日のこと――。


自我のない帝国の機械人形――オートマタからある村を救ったバイオナンバーは、しばらくその村に滞在させてもらことになった。


村人は彼らを歓迎したが、バイオら主力部隊が別の戦場へと向かうと状況が変わった。


「おいおい勘弁しろよ、ロウル」


「そうだぜ。やっと親父がいなくなったんだ。ちょっとくらいハメをはずしたっていいだろ?」


残ったメンバーたちが村の金品を奪い、男を殺し、女を犯し始めたのだ。


突如始まった略奪りゃくだつ行為に、ロウルは今すぐ止めるように叫んだが、あっという間に囲まれてしまう。


ロウルを囲った男たちが突撃銃の銃口を彼に向け、口々に言う。


こいつらは帝国から命令を受けて自分たちの情報を売っていた。


――そういうことにすれば自分たちは楽しめる。


そのことでリーダーであるバイオはさらに帝国を止めねばと躍起やっきになり、楽しんだ自分たちは大喜びだ。


組織は勢いづき、すべてがハッピー。


それに何か問題でもあるのかと?


「ここは戦争地域だぜ。突然変異の化け物と機械の化け物を相手に、こっちはいつ死ぬかわからねぇ戦いをしてんだ。こんぐらいのことしてもバチは当たらねぇだろ?」


「その通りだ。こんなのどこの部隊でもみんなやってる。よくある話だ。それともお前みたいなブルジョア出身にはこくな話だったか?」


囲まれたロウルの傍には、震える少女の姿があった。


すでに男は皆殺し、他の女たちは犯された後に殺され、この村で生き残っているのこの少女のみだ。


ロウルはしがみ付いてくる少女を片手で優しく抱くと、周囲にいる仲間に返事をする。


「お前らの言う通りだ。こんなことは誰もがやってるし、よくある話だ。だがな」


ロウルは少女を自分の後ろへと下がらせる。


けして離れるなと目で伝え、再び前を向いた。


「そいつはどう考えても許されることじゃない。もっと早く気づくべきだった……。お前らは親父を利用して甘い汁を吸おうとする盗人だったと。あの人のしていることに、これ以上どろを塗るんじゃねぇよ」


ロウルの言葉を聞いた仲間たちは大笑いし始めた。


何を言っているんだと。


これだから甘ちゃんはと。


ちゃんとした家で育った奴には自分たちの考えなどわからないと。


つまらないジョークを言ったコメディアンでも見るかのように、ロウルを小馬鹿をしている。


「ヒーローのご登場だぜッ! やっぱブルジョアはいうことがちげぇな!」


「まるでバイオナンバーを背負っているような言い草じゃねぇか! 親父に言ってやれよ、きっとご褒美に抱いてくれるぜ!」


この頃のロウルは、現在の彼とは比べ物にならないほど貧弱ひんじゃくな体型をしていた。


彼とは違い、周囲を囲っているのは屈強くっきょうな男たちばかりだ。


だが、それでもロウルの心は折れない。


たとえどんな不利な状況だろうと、この少女だけは守ると、その身体は震えてさえいなかった。


「そうだな……。たしかにバカな奴だなと自分でも思うよ。だがな、この子は助けを求めてる……こんなに震えながらすがっている。だから俺は……」


ロウルは腰に収めていた拳銃に手を伸ばし、身構える。


「俺は、ヒーローになるしかないんだよ」


その後、ロウルは略奪者たちに殺されかけたが、戻ってきたバイオナンバーの部隊によってその命を救われた。

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