#212

ミックスが二人にかけた声は無理やりにしぼり出したようなもので、か細くたよりなく今にも消え去りそうだった。


にもかかわらず、その言葉には普段の彼の持つ他人を気遣う優しさが感じられた。


たかが応急処置をほどこしただけだ。


止血剤しけつざいと包帯くらいであの大怪我が治るはずがない。


自分が死にかけているというに、この少年はまだこちらに配慮はいりょを続けている。


ヘルキャットとアリアは思わずくずれ落ちそうになる。


全身に行き渡っていた力が抜けていく。


この少年はどうしてこうなのだ。


死んだふりをするなり、自分たちが盾になっている間に逃げてくれればどれだけ気持ちが楽になるか。


二人がそう思ってうなだれると、ミックスに真意を気がついて彼を止めようとしたが。


気がゆるんだせいでうまく声を出せず、その手を伸ばすことができない。


「うおぉぉぉッ!」


ミックスが突進していく。


いくら彼が戦闘の素人とはいえ、すでにロウルには勝てないことくらい理解しているだろう。


ミックスの真意はそこにはない。


彼に勝つつもりなどないのだ。


ロウルの狙いはミックス一人だ。


周囲にいたブロードも殺してはいないと言っていた。


なら、ここで自分がロウルに倒されれば、これ以上ヘルキャットとアリアを巻きまないで済む。


それがミックスが考える最善さいぜんさくだった。


「お前、良いやつだな。その度胸どきょうにその姿勢しせい……気に入っちまいそうだよ」


ロウルは悲しそうな声を出した。


そして、ヘルキャットとアリアが見ている前で飛び掛ってくるミックスのボディへ、そのこぶしらわせる。


その一撃で、ミックスの身体はまるで撃ち出された砲弾のようなスピ-ドでみずうみへと飛ばされていった。


金属製の手すりを貫通かんつうし、月のうつる水面へと激突すると、しずむことなくまるで水切りの石のようにね飛んでいく。


三回、四回と水面を跳ね飛ぶと、最後には水しぶきをあげて湖へと沈んでいった。


「ミックスくんッ!?」


アリアが叫ぶとヘルキャットと共に、湖に沈んだミックスをすくい出そうと水の中へと飛びむ。


ロウルはそんな二人の姿をながめ、けしてミックスの生死を確認しようとはしなかった。


ただやり切れない表情で、その場に立っているだけだ。


「久しぶりだな」


そして、彼は背後から現れた人物に声をかけた。


白髪の和装姿をした少女――クリーン・ベルサウンドだ。


彼女は背を向けたままのロウルに丁寧に頭を下げた。


それから、表情を強張らせてようやく返事をする。


「お久しぶりです、ロウルのおじ様」


「よく結界の中に入って来れたな」


ロウルのいう結界とは、彼がまたがっていたタイヤもライトもないバイクのような乗り物――処女ヴァージンが持つ能力だ。


処女ヴァージンとは、バイクのような形状をした少年少女の呪いの集合体である。


最大時速五百キロで走り、空をも駆け、さらには特殊な結界――社会撤退ソーシャル ウィズドローアルを張り、外部から普通の人間が干渉できないフィールドを作ることできる。


ロウルは、以前に旅先で見つけた処女ヴァージンに気に入られ、そのまま呪われてしまったようだ。


しかしクリーンやブレイク、べルサウンド兄妹きょうだいとは違い、加護かごを受けた奇跡人スーパーナチュラルではなく、あくまで呪いの儘リメイン カースのようだ。


「このくらいの結界、リトルたちがいれば容易たやすく入れます」


そういったクリーンの傍には、白犬と黒犬――小雪リトル スノー小鉄リトル スティールもいた。


さらに二匹の身体にかくれるように、電気仕掛けの仔羊こひつじニコの姿もあった。


おびえているニコとは違い、小雪リトル スノー小鉄リトル スティールはロウルのことを見て悲しそうに鳴いている。


クリーンの言葉から沈黙ちんもくが続き、しばらくしてようやくロウルが口を開いた。


「一日だけ待ってやる――。そう、あの少年に伝えといてくれよ」


「めずらしいですね。ロウルのおじ様がそういうのは……」


「ああ、どうやら俺はあいつのことを気に入っちまったらしい」


そういうとロウルは笑った。


自分の命など気にせずに、他人を助けようとした敗北者をたたえるように。


盾になろうとした少女たちに代わり、自らが壁となった少年のことを認めるように。


そして、ロウルはクリーンに背を向けて処女ヴァージンに跨る。


この場から去ろうとするロウルへ、眠たそうな顔をしていたクリーンは鬼気ききせまる表情へと変えて口を開いた。


「恩人であるロウルおじ様に失礼だとは思いますが、私も全力でミックスさんを守りますッ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る