#211

グラビティシャドーという単語を聞き、り上げられていたミックスの表情が変わる。


苦痛にゆがんでいた顔が驚愕きょうがくの色がいものへと。


ロウルはその一瞬の変化を見逃さず、んでいた首に力をめる。


「嘘をつけない性格みたいだな。大人しくそいつを引き渡せ。そうすれば命までは取らねぇよ」


片手でさらに締め上げていくロウルは言葉を続ける。


「それともなにか? もうお前の身体は乗っ取られちまっているのか? そうなるとやっぱり殺さなきゃならねぇが」


「ふ、ざける、な……ッ!」


ミックスは両手を機械化させ、掴まれていた首を強引に解いた。


そして、距離を取るとロウルをにらみつける。


「どちらにしてもまだやる気のようだな。なら、教えてやるよ。実力の差ってやつをな」


――ヘルキャットとアリア二人の意識は少しだけ途切れていた。


まだきりがかっているような意識は、まず鉄臭てつくさにおい感じ取った。


そして、完全に知覚ちかくがハッキリすると、全身が痛みで悲鳴をあげていることに気が付く。


すぐに立ち上がろうとしたが、身体がそれを拒否きょひしていた。


「たかが小突かれただけで寝てられるかッ!」


先に立ち上がったのはヘルキャットだった。


それでも彼女を支える両足は、生まれたての小鹿こじかのようにたよりなく、今にも倒れてしまいそうだ。


ヘルキャットの声を聞いたアリアもようやく状況を思い出し慌てて手をついて起き上がろうとする。


すると、手に何かぬるりとした感触があった。


生温かい塗料のような――鉄臭い匂いの正体はこの液体か。


アリアが手についたそれを見て、その色が赤いことを知る。


嫌な予感がしながらも、彼女は顔を上げて周囲に目をやった。


「ミックスくん……ッ!?」


そこに倒れているミックスを見たアリアの意識は完全に戻る。


鉄臭い真っ赤な液体。


それはミックスの身体から流れている鮮血せんけつだった。


先に立ち上がったヘルキャットのほうも、横になって動かない彼を見て立ちくしてしまっている。


「まだ立つか。どうやらそれなりにほねがあるみたいだな」


ロウルは二人に声をかけたが、彼女たちには聞こえていないようだ。


二人はミックスの姿に目をうばわれている状態だった。


ぐったりと力の抜けた手足。


全身が血で染まっていた。


その目は開いているとも閉じているともいえず、まるでこわれたシャッターのように半開きのまま停止している。


あれだけの傷を負いつつもうめき声一つあげていない。


生きているのか、死んでいるのか。


それすらもわからなかった。


「嘘でしょ……死んでなんかないよね? さっさと起きなさいよッ!」


「……う、あぁ……」


ヘルキャットとアリアは倒れているミックスの傍へと走った。


目の前にいる脅威きょうい――ロウルのことなど気にせずにただ彼の生死が気になり、そのことで頭がいっぱいになっていた。


二人は混乱しながらも持ってきていたバックから道具を出し、ミックスに応急処置をほどこそうとする。


ヘルキャットがありったけの止血剤しけつざいをぶちまけ、アリアはこの混乱時でありながらも、手際てぎわよく迅速に縫合ほうごうして包帯を巻いていく。


「そろそろいいか?」


ロウルに声をかけられ、二人はようやく敵の存在を思い出す。


それでも、すでに二人もフラフラの状態だ。


いや、たとえ体調が万全であってもこの男を止める力は自分たちにはない。


少々小突かれただけで、全身を打撲だぼくしたかのようなダメージを受けたのだ。


もしこの男が最初から本気でこちらを殺しにきていたら、こうやって立っていることすらできていないだろう。


だが、それでもヘルキャットとアリアはひるまない。


倒れているミックスを守る壁になるかのように、ロウルの前に立ちはだかる。


「こいつは死んでも守るッ!」


「これ以上はやらせませんッ!」


自身の心臓を震わせるかのような咆哮ほうこう


今の二人はもう勝算しょうさんなど考えていなかった。


ただこの少年を守りたい。


任務にんむすら忘れ、その想いだけで格上の相手と向かい合っている。


その二人の血走った目を見ればわかる。


けして、この少年を死なせてたまるかと。


「なら世界を救うために、そいつと一緒に粉砕ふんさいするのみだ」


ヘルキャットとアリアは死を覚悟した。


いや、正確にはあきらめなのかもしれない。


だが、勝てないまでも少しでも長く彼の盾となる。


そう思いながらインストガンを構え直すと――。


「下がっててよ、二人とも……」


背後から少年の声がした。


「ありがと……ね……。もう、大丈夫だから……二人のおかげでケガもなおったから……」


それは血塗れで倒れていたミックスだった。


彼はヘルキャットとアリア二人の肩にポンッと手を置くと、一人ロウルへと向かって歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る