#214

深夜の病院にクリーンがいた。


今さっき集中治療室へと入ったミックスのことを心配しながら、ただ扉の前で立っている。


彼女がいる薄暗い廊下ろうかには、他にも人影があった。


ヘルキャットとアリア、さらにはブロード。


三人ともミックスのように集中治療室に入るほどではないが、痛々しい生傷がその身体に残っている。


側にあるソファには、弱々しく鳴いているニコをなぐさめるように、その顔をこすり付けている小雪リトル スノー小鉄リトル スティールの姿もある。


扉から出てきた医者は彼女たちを見て、一体どういう集団なのかと思いながら、ミックスの容態について話を始めた。


全身打撲だぼく脳震盪のうしんとう、さらに肋骨ろっこつの何本かを骨折。


幸いなことに、後にひびく怪我はないようだが絶対安静。


あとは内臓へのダメージもあり、けして予断よだんは許さない状態だそうだ。


医者は電子情報化されたカルテを見ながら、この中で唯一ゆいいつの大人であるブロードに訊ねる。


「それにしても、事故というにはあり得ないというか……。一体何が起こればこんな状態になるのでしょ?」


「どういうことだ?」


訊き返すブロードに医者が答える。


ミックスの状態は極めて危険ではあるのだが、これだけの衝撃を受けていながらも後遺症もなく、骨も綺麗に折られている。


まるで誰かが意図的に衝撃を手加減したかのような、そんな奇妙きみょうな状態なのだと。


その話を聞いてヘルキャットが表情をゆがめた。


医者はそんな彼女を見てビクッとふるえる。


きっとブロードたちを見て、どこかの不良グループの集団だとでも思っているのだろう。


きっと大人のブロードのことは、彼女たちの教師だと考えているはずだ。


おびえる医者のことなど気にせずに、ブロードはまた訊ねた。


「話はできそうか?」


「さっき絶対安静と言ったばかりなのに、そんなことできるはずないでしょう。今は麻酔で眠ってますが、その後もまだ休ませてあげたほうがいい」


ブロードは医者のいうことにうなづくと、集中治療室へ顔を向ける。


外からも見えるように壁はガラス張りになっていて、彼らがいる廊下からでも患者かんじゃの姿が見えた。


医療器具に囲まれ、ベットで眠っているミックスを見たブロードは、にぎっていたこぶしに力が入る。


「……行くぞ」


そして医者に一礼をし、傍にいた少女たちを連れて立ち去った。


病院の廊下を歩きながらブロードの心は、悔しさに埋め尽くされていた。


ストリング帝国――ノピア将軍のめいを受け、マシーナリー適合者である少年の護衛ごえいをするはずだったが、実際には見事に撃退されてしまった。


おそらく自分の実力では、ロウルの準備運動すらならなかっただろう。


倒されたブロードは、ターゲットへと向かっていくロウルを地面にいつくばりながら見ていることしかできなかった。


それはヘルキャットとアリアも同じだ。


彼女たちの場合は、護衛対象であるミックスに逆に守られたのだ。


おそらく上官以上に悔しさを感じているだろうと思われる。


しかし、たとえ負け戦の後だろうと、敵は待ってはくれない。


ハザードクラス――ブレイク・ベルサウンドの妹クリーンの話によれば、ロウルは明日まで待つといい、それまでにミックスを説得せっとくしてみせろといってその場から消えた。


「その説得というのは、何かあいつが持っているものを引き渡すということか?」


「申し訳ないですが、私にもわかりません。ロウルのおじ様はミックスさんに言えばわかると……それだけでした」


ミックスへの説得というのは、クリーンもよくわからないようで、詳しくは本人から聞くように言われたようだ。


一瞬だけ――。


ロウルと戦う前にジャガーと話したときのことを思い出したブロードだったが、今はそれどころではないと頭を切り替える。


敵は再びミックスを襲撃すると伝えてきている。


当然ながらそれを阻止するのが自分の任務だ。


ロウルがミックスの命以外に何を狙っているのかはわからないが、話からさっするに、彼が拒否きょひしたということは、おそらく自分以外の誰かのためだからだ。


それならばその誰かを守るのも自分の任務である。


ブロードはそう考える男だった。


「明日までまだ時間がある。一度病院を出るぞ。これからハザードクラスを仕留める作戦を話す」

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