#208

――今夜は雲一つない空が広がっていた。


星空がよく見え、月がみずうみに映されてその美しさをよろこんでいるようだ。


ミックスは今アリアと二人で大きな湖水こすい公園内を歩いていた。


それはクリーンがベンチで眠ってしまい、リトルたちもニコに抱きついたまま目をつぶり、ミックスたちは眠気覚ましに缶コーヒーでも買いに行こうということになったからだ。


さすがに眠っている女子中学生を置いてはいけないと、ヘルキャットは残って眠っているクリーンたちを見ている。


「見てみなよ、アリア。すっごくキレイな景色だよ」


並んで歩くミックスが彼女に言う。


バイオニクス共和国にある公園の多くは、開設段階から景観けいかんを意識するため、昼間でも夜でも素晴らしい光景こうけいを見ることができる。


湖水公園から離れた位置にある、共和国を象徴する管制塔――アーティフィシャルタワーがその景色にはなえていた。


その景色をながめていたアリアは、綺麗だと内心で思いながらも少々複雑ふくざつな気持ちになっていた。


それは以前――。


ブロード、ヘルキャット共に、今見ているアーティフィシャルタワーを破壊しようとしたからだった。


今でも共和国をにくんでいる。


その気持ちは変わらない。


だが、そこに住む者たち――いや、自分たちの計画を止めたマシーナリーウイルスの適合者てきごうしゃである少年のこと嫌いになれない。


この人は、何の得もないのにただジャズが困っていたというだけで、命をけて自分たちのテロ行為を止めた。


彼一人だけの力ではなかったが、この人が動かなければハザードクラスである舞う宝石ダンシング ダイヤモンド――ウェディングも自分たちの邪魔をすることはなかっただろう。


そして、何よりも彼は親友に対する自分の気持ちを受け止めてくれた――。


(わ、私ったらなんでこんな感情にッ!? ミックスくんはジャズの恋人なんですよッ!)


「どうしたのアリア?」


「いえッ! ななな、なんでもないですよッ!!」


長く小さい手をブンブン左右に振るアリア。


「そ、それにしても、人気ひとけのない公園ですね。べ、別に二人きりだからとかじゃなくて、こんなキレイな景色なのに誰も見に来ないのかな~と」


ミックスは何故かそわそわしているアリアに首をかしげた。


さっきからどうしたのだろう?


いつもの落ち着いている彼女らしくないなと、彼は思う。


「そういえばそうだね。いつもならカップルが大勢いるんだけど」


「カカ、カップルッ!? ここはそんないかがわしい場所だったんですかッ!?」


「いやアリアさん……別にいかがわしくはないと思うけど……」


「バイオニクス共和国……油断ゆだんなりませんッ!」


「いや……共和国も関係ないと思うけど……」


らしくないアリアを見て呆れていたミックスだったが。


その直後に違和感がしょうじた。


共和国の住民はそのほとんどが学生と科学者だ。


現在、時間は午後の十時過ぎ。


科学者はまだしも学生――特に大学生くらいならまだ遊んでいる時間だ。


だが、この湖水公園には不自然なほど人気がない。


目の前の湖を一瞥いちべつしたミックスは、アリアにその違和感を伝えようとすると――。


余裕よゆうだな、少年。狙われているってのに夜の公園でデートかよ」


声が聞こえる。


月と星に照らされた湖の上から、何か乗り物にまたがった男の声が近づいてくる。


「死ぬ前に、可愛い女の子デートしたかったんですってか? そいつはいいな」


音はない、無音むおんだ。


男は何か乗り物に跨って湖の上からこちらに向かってきているというのに、エンジン音もプロペラが回る音もしない。


不気味な静寂せいじゃくに、ミックスは思わず息をむ。


「なら、もう思い残すことはねぇよな?」


そこには、パーマがかかった長髪をなびかせた屈強くっきょうな男――。


ハザードクラス――非属ノン ジーナスこと、ロウル・リンギングがいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る