#207

けわしい顔のままブロードは言葉を続ける。


そもそもたかが高校生であるミックスのためにロウル·リンギングが動くこと自体がおかしい。


いくらあの少年が希少きしょうなマシーナリーウイルスの適合者てきごうしゃであっても、わざわざハザードクラスであるロウルが、ストリング帝国とバイオニクス共和国の両国へ電子郵便ゆうびんを送ってくるなどありない話なのだ。


「ロウル·リンギングはアフタークロエ後に共和国上層部から脱退だったいしている。その後も、多くの者とつながりは持ちつつもどこの組織、団体にも所属していないのが奴が非属ノン ジーナスと呼ばれる所以ゆえんだ」


《それなのに、わざわざ両方の国に警告をしてまでミックスをるといったことが気になってるのか?》


ジャガーがくとブロードは「ああ」と返事をした。


共和国まだしも、あえて帝国にまで知らせる必要があったのか。


おそらく自分にたちには開示かいじされていない情報がかくされている。


《おいおい、叔父さん。いくらなんでも通信機でこの会話はまずいんじゃないの?》


「ああ、わかっている。だが、俺やヘルキャットとアリアにとって、少なくともあの適合者の少年には借りがあるんだ。望む望まざるにかかわらずな」


叔父の言葉にジャガーは言葉をつぐむ


「俺の中でいくつかの仮説かせつが立ててみた」


しかし、それでもブロードは言葉を止めることはなかった。


「ただ、どうしてもあの少年と両国の関係を考えると、仮説は机上きじょう空論くうろんにのいきを出ない」


《今は任務中だ。その辺にしておうこうぜ、叔父さん》


「それを、お前が言うか……まあいい。だが、本当はお前……何か俺たちに隠していることがあるんじゃないか?」


訊ねられたジャガーは何も答えなかった。


ブロードはその沈黙ちんもくを答えだと受け止めた。


やはりジャガーは何か知っている。


ノピア将軍からはジャガーは特殊とくしゅ任務にいていると聞いているが、おそらく何故ミックスが狙われているのかも理解しているのだろう。


双子の姉であるジャズに訊ねたときは何も知らなそうだったが、弟のほうはこの任務の重要性を理解している。


(俺やヘルキャット、アリアに知られたくないということか。つまりは共和国ではなく、帝国の重要機密……。だが、こうもわかりやすくこいつが黙るのはおかしいな……。これではまるで隠し事があるといっているようなものだ)


知恵が回るおいのことだ。


通信デバイスからの会話が筒抜つつぬけなのがわかっていて、あえてだまっているのだ。


それは、ジャガーが自分に何かに気が付いてほしいと意味にブロードはとらえた。


「悪かったな。みょうな話に付き合わせてしまって」


《別にかまわねぇよ~》


「いや、軍人らしかぬ詮索せんさくだった。今の話は忘れてくれ」


と、そこでブロードの言葉が途切れた。


周囲の違和感いわかんに気が付いたのだ。


いつの間にか、夜の街を歩いていた者たちの姿が消えている。


これは一体どういうことだ。


ジャガーと会話をしながらも、警戒をおこなったりはしなかった。


ただ、突然周りから人の姿が消えたのだ。


「では、ここで通信を切るぞ」


ブロードは腕時計の通信デバイスを切ると身構えた。


周囲から人の姿を消すことができる力など聞いたことがない。


奇跡人スーパーナチュラル呪いの儘リメイン カースのような、科学では説明できないものか……」


暗く細い道で、後ろからスピードを出した車が走ってくるような――そんな圧迫感が彼をおそう。


ブロードはそれを感じる方向へと体を向けた。


そこには――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る