#201

「おいミックス。服を買いに行くと言って入った店に、肝心かんじんの服が一着いっちゃくもないってのはどういうことなのよ?」


「ああ、ここは仮想試着バーチャルフィッティングができる店なんだよ」


仮想試着バーチャルフィッティングとは、設置せっちされたバーチャルミラーに自分の身体をうつし、服を着ている映像を見ることができるものだ。


ユーザーの動きに合わせて衣服画像を表示させ、実物の衣服を試着しちゃくすることなく手軽てがるに試着シミュレーションをおこう。


混雑こんざつの試着待ちのストレスを解消かいしょうでき、より効率的こうりつてきなショッピングを利用者へ提供ていきょうするのが目的だ。


科学技術が発達はったつしたバイオニクス共和国では当たり前にあるものだが、ヘルキャットとアリアの住むストリング帝国にはない設備せつびのようだ。


ミックスの説明を聞き、二人とも口を開けたままで店内にならんでいるバーチャルミラーを見ていたが、ヘルキャットが急に彼のほうを振り返った。


「それで、私たちはあんたがえらんだ服を着なきゃいけないの?」


「なんかイヤそうだね……ヘルキャット」


「ごめんなさいミックスくん。ヘルキャットは、センスの無さそうなミックスくんに服を選ばれるのが正直不安って言いたいんですよ」


「アリアが思っていることじゃないのはわかるんだけど、もうちょっとオブラートにつつめなかったかなぁ……」


ヘルキャットを代弁だいべんしたアリアの言葉を聞き、何気なにげきずつくミックスだった。


だが、ミックスは気持ちを切り替え、二人の服を選ぶのは自分ではないことを伝える。


そして、クリーンをバンッと前に出す。


「服を選ぶのはこのクリーンだから安心してよ」


すると、ヘルキャットとアリアが口々に――。


「あら安心。なんてたってハザードクラスの妹だものね」


「はい、ハザードクラスの妹さんなら安心です」


というのだった。


「いや……服選びとハザードクラスは関係なくない?」


ミックスは、二人がクリーンのセンスを信用する理由に首をかしげながらも、いざバーチャルミラーの前へと向かう。


「じゃあ、二人とも今から試着するので自然な感じで立っていてください」


クリーンがそういうと、ヘルキャットとアリアはバーチャルミラーの前でカチコチにかたまってしまった。


初めての仮想試着バーチャルフィッティング緊張きんちょうしているのだろうが、これではまるで、かがみのようにみがかれた青銅せいどうたてを見て石になってしまったメデューサのようだ。


「二人とも、もうちょっと力を抜きなよ」


横から口をはさむミックスに続き、ニコとリトルたちもヘルキャットとアリアに向かって鳴く。


「う、うるさいッ! しょうがないだろ! 私たちはファッションとかそういうわついたものとは無縁むえんの生活をしてたんだからッ!」


「うぅ……普段ふだんから軍服以外はあまり着ないので、こういうのはれません……」


ミックスは、固まった表情のまま返事をする二人を見て、それ以上もう言葉をかけるのを止めた。


そんな彼にクリーンが近寄ってきて、ヘルキャットとアリアに聞こえないように耳打ちをする。


「ひょっとしとらミックスさんに見られているのも緊張する要因よういんの一つかもしれません。どうでしょう? ここ少し席を外してみては?」


ミックスは自分がいることで二人が緊張しているとは思わなかったが、クリーンの言われた通り、しばらくの間ここからはなれることにした。


二人の買うものが決まり次第に声をかけるとのことだ。


「わかったよ、適当てきとうぶらぶらしてるから終わったら教えてね」


そんな彼の後には、ニコと小雪リトル スノー小鉄リトル スティールの三匹もついて来ている。


店内をなんとなく歩いていくミックスたち。


夜もおそいだけあって自分たち以外の客は誰もいない。


並んでいるバーチャルミラーとレジカウンターにいる店員のドローンがいるだけだ。


それらをながめながらボーとしているミックスを見て、ニコがリトルたちに何やらコソコソと話をしていた。


ニコの言葉がわかるのか、二匹の犬はコクコクとうなづいている。


「うん? なにしてんの三匹とも?」


ミックスが声をかけると、ニコがビクッと身をふるわせて両手と首をブンブン振っている。


なんでもないと言いたいのだろう。


だが、その態度たいどを見るになんでもないとは思えない。


「変なの、まあいいけど。あッ、クリーンが手を振っている。どうやら服が決まったみたいだよ。早く行こう」


しかし、ミックスは大して気にしてはおらず、ニコは安心感からか、はぁ~と息をくのだった。

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