番外編 闇への招待

ブレイク·ベルサウンドがまだ暗部あんぶ組織ビザールに入る前――。


リーディンは、バイオニクス共和国の上層部が造り出した、大気や大地、水や火などの自然の力をエネルギーであるルーザーリアクターで動く人工生命アーティフィシャル クリーチャーの幼女――サービスを殺害しようとした罪で監視員バックミンスターに拘束されていた。


表向きでは、そのタワーマンションやその周辺の建物を破壊したのは、ドローンの暴走ぼうそうということになっている。


それは、監視員バックミンスターの隊長、副隊長であるブラッドのエヌエー夫婦が上層部へそう報告したからだった。


共和国上層部は、その報告を受け入れて世間に発表。


しかし、その実――。


当然彼らは事の真相を知っている。


サービスを造り出した科学者――アイスランディック·グレイが行方不明扱いになっているが、彼がすでに何者かに殺されていることもすべて把握していた。


そのため、留置場に勾留された元永遠なる破滅エターナル ルーインのメンバーであるリーディンの元へ、ある男を向かわせることになる。


「こんなところは簡単に出れるんだけど」


リーディンは隔離された部屋で一人呟いた。


彼女は呪いの儘リメイン カースと呼ばれる特殊能力者だ。


経典アイテルという分厚い本から受けた啓示により、物体に破壊エネルギーを込められる力を持つ。


武器や道具から力を得るのは、まるで奇跡人スーパーナチュラルのようだが、正確にいうと呪いの儘リメイン カースは神具から加護を受けている奇跡人スーパーナチュラルとは、別物といえる。


本来なら経典アイテルの与える加護の力は、天候を操る能力だ。


だが、リーディンは啓示を受けたのみ。


だからその力の一部である、物体に破壊エネルギーを込められる力だけが使用できる。


奇跡人スーパーナチュラルのように神具の力を最大限に引き出すことも可能ではあるが、加護を受けていない者が神具の力を無理に行使すれば、その身を崩壊させられてしまう。


リーディンはその力を無理に引き出したことで一度死にかけたが、彼女が狙っていた幼女――サービスの能力によってその命は助かったのだった。


「でも、それじゃ頑張ってくれた二人に悪いわね……」


バイオニクス共和国を、いや世界すべてを破滅させることが教義である永遠なる破滅エターナル ルーインのメンバーだったリーディン。


さらに、共和国の国家機密であるサービスの秘密を知る彼女が何故監獄プレスリーに送られなかったのか。


それはブラッドのエヌエーが、ジャズやミックスからリーディンのことを頼まれていたからだ。


たかが監視員バックミンスターにどうしてそこで権限があるのか。


それは二人の経歴である。


ブラッドとエヌエーは、バイオニクス共和国の前身組織であるバイオナンバーから席を置く古株だ。


そして、二人はあのヴィンテージといえばまずその筆頭に挙げられる人物――アン·テネシーグレッチの友人でもある。


本人たちは全くもってどれだけ凄い立場なのかを理解していないが、二人の言葉は共和国上層部ですら無碍できない。


そんな二人がリーディンを監獄プレスリーに送ることに反対したことで、彼女はこれから監視員バックミンスター署内にある更生施設へ行く予定になった。


「ワタシ……なにやってたんだろ……。怒りに身を任せて……」


リーディンは自分がしたことを振り返っていた。


永遠なる破滅エターナル ルーインで受けた仕打ちや、愛していた人との別れ――。


そのことで生まれた憎悪に支配され、経典アイテルから受けた啓示にすべての感情を注ぎ込んだ。


その結果、殺そうとしていた相手に救われるという惨めなもの。


「だけど、こんなところでは終われない……」


リーディンは部屋の壁に握った拳を叩きつけた。


そして、かつて自分たちを蹂躙したストリング帝国の少女――ジャズ·スクワイアの言葉を思い出す。


「ダメやめてッ! あなたは死んじゃダメッ! ライティングは生きてるのッ! あなたは生きてもう一度彼と会わなきゃダメよッ!!」


ジャズは自分の命の危険など顧みずに、リーディンにそのことを訴え続けていた。


あなたが愛した男は生きていると――。


だから死んではならないと――。


そのときは、彼女が口からでまかせをいっていると思っていたリーディンだったが、今は違う。


ジャズのいったことを確かめるために、自分はなんとしてもストリング帝国へ行かなければならないと決意を固めていた。


「でも、義理立ててたらここから出れないよなぁ……。更生のプログラムって何日で終わるんだろ?」


「そんな数日で終わるはずがないだろう」


リーディンがぼやいていると部屋に男が入ってきた。


スーツ姿の無愛想な男だ。


ノックもなしに現れた男に、リーディンは不機嫌そうにいう。


「女の部屋に断りもなく入るのって、男としてどうなの?」


「何度もそこにあるデバイスに連絡は入れたぞ。ついでにノックもした」


「あそう。で、なに? 取り調べはもう終わったって聞いてるけど」


「率直にいうぞ。私はお前をスカウトに来た」


それから男はメディスンと名乗ると、自分がバイオニクス共和国の暗部組織ビザールを指揮する者の一人だと言葉を続けた。


リーディンには彼がスカウトに来た意味を考え、きっと自分の能力を共和国のために使えという話だろうと理解する。


敵である永遠なる破滅エターナル ルーインにも通じていて、しかも自分は呪いの儘リメイン カースだ。


立場が逆なら、更生施設に入れるよりも使役したいと考えるのは当然のことだろう。


それにいくら暗部組織とはいえ、共和国を忠誠を誓ってそれ相当の働きを見せれば、きっと自分が宗教団体にいた頃よりも良い生活と安全を保障してくれる。


共和国に従ってさえいれば未来はある。


そんなことは、たとえ物を知らない子供でもわかることだった。


「嫌だね。共和国に従うなんてそんなのごめんだ」


だが、リーディンはメディスンの誘いを断った。


彼女はもう何かに所属したり、他人の命令を聞くことに耐えられなかった。


自分はそういう人生を送ってきてろくでもない生活を強いられてきたのだと、いくら良い暮らしできると言われても、そんな話は信用できないのだ。


「あなた、メディスンっていったけ? わかったら帰りなさい。ワタシはしつこい男が嫌いなんだよ」


「そうか、ならこっちも奥の手を出すとしよう」


「えッなに? 従わなきゃ殺すとかお決まりのセリフとかいうつもり? だったらワタシも、自分の身を守るために抵抗させてもらうわよ」


リーディンが身構えると、メディスンは腕時計にあるデバイスを操作し、立体映像を彼女に見せた。


そこには、ストリング帝国の制服を着たリーディンと同じくらいの年齢の少年が映っていた。


「うそ……でしょ……? これは彼なのッ!?」


「そうだ、お前の想い人。仲間のために自分の四肢を切り、ナノマフPIに乗り込んで帝国と戦った男――ライティングだ」


ナノマフPIとは――。


Nano Muff Personal Insight(ナノ マフ パーソナル インサイト)通称ナノマフPIと呼ばれている人型の戦闘用ドローンだ。


エレクトロハーモニー社が造り出したナノクローンと基本機能はほぼ同上だが、同乗者の四肢を義肢化して接続することで、ドローンを手足のように操縦することを可能する装置が付いている。


それは、ナノ マフ パーソナル インサイトの恩恵により、義肢を通じて接続者の思考をダイレクトに機械へと繋げることができるからだ。


しかし、ナノマフPIの性能を最大限引き出すには、接続者の四肢をすべて義肢化し繋げる必要がある。


リーディンの想い人――ライティングは昔ストリング帝国から仲間を逃がすためにナノマフPIに自分を繋いだ。


そのときに戦死したと思われた彼が今、メディスンの出した映像に映っている。


「ジャズが……彼女がいってたことは本当だったんだ……」


リーディンは触れられるはずもない映像に手を伸ばして泣いていた。


彼が――ライティングが生きていた。


それの事実だけで、自分が彼と別れてからこれまで、生き延びてきてよかったと思い涙を流したのだった。


「ようは、彼をエサにしてワタシを従わせるつもりってこと?」


リーディンは涙でくしゃくしゃなった顔を手拭うと、メディスンのほうを見た。


だが、メディスンは彼女の質問に答えずに、ライティングが今置かれて状況を話し始める。


ライティングは現在ストリング帝国の将軍ノピア·ラシックの元にいるそうだ。


リーディンはその名を聞いて驚きを隠せなかった。


何故帝国の将軍が――しかもかつて世界を救ったヴィンテージの一人が、敵であるライティングを側に置いているのか。


言葉でだけでは、いや実際に会って話を聞いても理解できそうにない話だった。


「驚いているところを悪いが、話を続けるぞ」


メディスンは、一言リーディンに断ってから再び話を続ける


ノピアの側にいることからか――。


ライティングの帝国内の立場としては少々変わっており、当然捕虜ではないのだが、特に階級はつけられていない。


これはあくまでも彼の立場はストリング帝国の将軍であるノピアの私兵扱いとなっているためである。


ただ、一部隊を預かって戦闘を請け負っていることもあるそうで、実質部隊長クラスの扱いはされているようだ。


「ライティングが……帝国将校に……? どうして!? どうしてそんなことになっているのよッ!?」


「さあな。本人に直接会って訊ねてみたらどうだ?」


メディスンの言葉にリーディンは表情を強張らせた。


それはつまり、メディスンが自分のいうことを聞けといっているように聞こえたからだ。


顔をうぐぐと歪ませているリーディンに、メディスンが口を開く。


「これは命令ではない。そして、彼を使った取引でもない。私はただお前に協力を要請しているだけだ」


「そんなこといったってライティングをエサにしているの同じじゃないッ! そんなの脅しとどう違うのよッ!」


声を張り上げたリーディン。


メディスンはそんな彼女に突然頭を下げた。


そして、先ほどと同じ言葉を繰り返す。


「お前の力がいる」


「でも結局は共和国の奴隷でしょッ!?」


「違う」


メディスンははっきりと言葉を発すると下げていた頭を上げた。


そして、リーディンのことを真っすぐに見つめる。


「優秀な猟犬として、私の指揮下に入ってほしい」


「だからそれって……結局同じじゃないのよ……」


メディスンに呆れるリーディンだったが、彼の気配りが届いたのか、歪んでいた表情が柔らかくなっていた。


この男、悪くない。


たぶんとんでもない悪人ではありそうだけど、妙に正直なところがある。


「……でも、その猟犬ってのは気に入ったわ。オッケーよメディスン。ワタシはビザールに入る」


「よし、なら早速ここを出て任務に就いてもらう」


「はあッ!? いきなり仕事をやらせるつもりなの!? ワタシ、暗部がどんなことするのか聞いてないし、それよりももっと基本的なことを何も教えてもらってないじゃないッ!?」


「基本的なことだと? たとえばなんだ?」


「え~と、たとえばサッカーでいうところのオフサイド的な」


「悪いな。私はサッカーに興味がないんだ。その比喩じゃわからん」


「じゃあもうどうでもいいわよ! でも、これだけは約束しなさいッ! ワタシは絶対に生きてまたライティングと会う。そのために暗部に落ちるんだからねッ! ぜぇ~たいに帝国に行かせなさいよッ!」


「当然だ。そのためにも、これから始まるテロ組織との戦いでせいぜい死なないように頑張れ」


「そんなハードモード聞いてないしぃぃぃッ!!」


そして、リーディンはメディスンのいう通りに、エアラインと組んで任務をこなすようになった。

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