#193

――バイオニクス共和国の街に一人の男がたたずんでいた。


その姿は、パーマがかった長髪にレザージャケットを着た屈強な体格で、どこか放浪者ジプシー風のバイカーである。


年齢はその深くきざまれた顔のしわを見るに五十歳前後だが、その背筋の伸びた体と輝く瞳のせいか年齢よりも若く見えた。


長髪パーマの男は、街をせわしなく歩く白衣姿の科学者やおしゃべりしながら歩く学生たちをながめていた。


「やっぱ七年も離れてると変わっちまうもんだな」


それらを見てボソッとつぶやく。


共和国は彼にとって故郷こきょうと呼べるものだ。


今のその心境しんきょうは里帰りといえる。


しばらくすると、長髪パーマの男の隣に彼と同じような体格、年齢の男がならんだ。


長髪パーマの男は、深くフードを被ったその男が並んでも黙ったまままだ街の様子を眺めている。


「帰って来たんだな。どうだ、七年ぶりの共和国は?」


フードの男が気さくに声をかけた。


その言葉を聞いた長髪パーマの男は、思わず苦笑くしょうする。


「うまくいえねぇな。……良くなっているとは思えねぇけど」


長髪パーマの男はその苦笑いのまま返事をした。


それを聞いてフードの男が肩を揺らして笑う。


ああ、お前の言う通りだと。


「お前が戻ってきた理由は、あの適合者の少年なんだろ? 手を貸してやりたいのは山々なんだがな。生憎あいにくこっちも今立てんでいてな」


「期待してねぇよ。他人を当てにするならわざわざこうやって戻って来ねぇって」


長髪パーマの男が手を振りながらそういうと、フードの男がまた笑った。


だよなと。


そして、今度は長髪パーマの男が訊ねる。


「お前のほうこそ大丈夫なのか? 上層部相手に相当ムチャやってるって聞いてるぜ」


「国の外に出てるのによく知ってるな」


「まあ、俺は群れるの好きじゃないが、つながりは大事にしてるからな」


「そいつは耳が痛い。そういえばお前は昔から固まって行動している連中とめてばかりだったな。そのたびに親父が頭を抱えていた」


「おいおい、年寄り臭いこと言ってじゃねぇよ。おっさん同士が昔話なんかしてるとますます老け込んじまう」


長髪パーマの男がそういうと、フードの男は歩き出した。


だが、長髪パーマの男はフードの男の背中すら見ずに街のほうを眺めたままだ。


「死ぬなよ、親友」


二人の会話からさっするに、七年ぶりの再会だったのだろう。


それでも最後まで挨拶もせず、たがいに目も顔すらも合わすことなく別れた。


「お前もなロウル」


フードの男が最後にいったのは、長髪パーマの男の名だった。


そう――。


男の名はロウル·リンギング。


共和国が選んだ最も優秀な人間の一人であるハザードクラスに数えられる人物。


非属ノン ジーナスのコードネームで呼ばれる男だった。

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