#192

――後日。


バイオニクス共和国の刑務所――監獄プレスリーでの出来事できごと公表こうひょうされることなく、ブレイクは暗部あんぶ組織ビザールからの命令を受ける生活――またホテルを転々てんてんとする暮らしへともどっていた。


彼のまっているホテルは家具や家電がすみに追いやられ、広い空間が作られていた。


その部屋の中心で一心いっしん不乱ふらんに剣を振るブレイク。


あれだけの過酷かこく任務にんむがあった後でも、彼はけして日々の鍛錬たんれんおこたらない。


いや、むしろ鍛錬こそがブレイクの精神安定剤なのだろう。


振るう剣だけが自分を自分だとたらしめる。


唯一ゆいいつの家族であるいもうとクリーン·ベルサウンドと距離きょりを取り、彼に加護かごあたえた小鉄リトル スティール小雪リトル スノーたちとはなれている現状げんじょうでは、剣だけがブレイクのすがれるものだった。


「出てい来いよ。そこいんだろ」


ブレイクは剣を止め、部屋のとびらに向かって声をかけた。


そこからは、いたんだ長いかみが目立つ女性――リーディンがあらわれる。


相変わらずのトレンチコート姿の彼女は、部屋の隅に追いやられたベットにこしを掛けた。


「何の用だ、トランプ女」


気配けはいは消していたつもりだったけど? ワタシもまだまだみたいね」


「あん? なにいってやがんだ? テメェも同じじゃ……」


何かを言いかけたブレイクは言葉をつぐんだ。


リーディンが近づいてくれば彼女の気配を感じるなどという言い回しが、まるで口説いくどき言葉のようだと思ったからだ。


そして、彼は考える。


妹のクリーンとはリトルたちでつながっているせいか、近くにいるとその気配を感じることができる。


そして、マシーナリーウイルスの適合者てきごうしゃ――戦災せんさい孤児こじ学校の落ちこぼれミックスも妹と同じように気配を感じた。


適合者、奇跡人スーパーナチュラル呪いの儘リメイン カースなど、特殊とくしゅちからを持つ者同士なら、たがいにその気配を感じられると思っていた。


だが、リーディンにはこちらの気配を感じられないようだ。


そういえば、監獄プレスリーで戦ったゼンオンからは感じなかった。


その結果けっかからみちびき出されるのは――。


(呪いの儘リメイン カースや共和国の実験体になった連中はまたちがうってことか……。いや、結論けつろんを決めるのは早い……。まだ、オレの知らないなにかがある。くッ、ロウルのおっさんにでもけばたずねてもいねぇクロニクルまで教えてくれそうだが……)


「さっきから何を考えんでんの?」


リーディンに声をかけられ、われに返るブレイク。


彼はなんでもないと答えると、先ほど彼女にいった質問を答えるように催促さいそくした。


「さあね? ワタシはジャガーからここへ来るようにっていわれただけだから」


「じゃあ、次の仕事の話か。ビザールは相変わらず景気けいきがいいな」


「それって、それだけこの国が最悪ってことでしょ。内にも外にもてきばっかり作ってさ」


内憂ないゆう外患がいかんってヤツだな。前にメディスンがいってた」


「あんたって意外と目上の人間に敬意けいいを持つよね。まあ、別にどうでもいいんだけど」


「あん? 小賢こざかしいこといってんじゃねぇよ」


ブレイクがリーディンの一言に苛立いらだつと、部屋にある人物が入ってきた。


ボサボサ頭に作業用ジャケットを着た少年――ジャガー·スクワイアだ。


苛立っていたブレイクは、そのいかりを彼にぶつける。


「おい、おくれてんじゃねぇぞ」


「うん? まだ五分前だぜ。リーディンが早すぎるんだよ」


ジャガーは飄々ひょうひょうとブレイクの怒りをかわすと、早速仕事の話を始めた。


まずは、監獄プレスリーの後の生物血清バイオロジカル動向どうこうからだ。


彼らは目的であったハザードクラス――還元法リダクション メゾットの二つ名で呼ばれるラヴヘイトを脱獄だつごくさせることに成功。


その後、共和国上層部じょうそうぶへ、ある情報の開示かいじを求めたという。


「たかが囚人しゅうじん一人仲間にしたくらいで、ずいぶん強気じゃねぇか」


話を聞いてブレイクが鼻で笑う。


無理もない。


それは、ブレイク自身がハザードクラスの一人だからわかるのだ。


たとえすさまじい力を持っていようとも、まともに戦っては共和国には勝てない。


だから自分は妹の生活を守るため、暗部に身を置いているのだ。


「ということは、ワタシたちの次の任務って、そのラヴヘイトって男を始末しまつすること?」


「いや、もっと大雑把おおざっぱな任務だよ。生物血清バイオロジカルつぶせってさ」


ジャガーはひどくかったるそうに答えた。


彼が続けていうに、次の大仕事には自分たちメディスン、そしてイーストウッド派すべてのビザールの人員を使った総力戦になる。


それでいて、極力きょくりょく一般人に気づかれず、なおかつ犠牲ぎせいを出さないようにしろとのことらしい。


「ムチャをいうわね……。そんなのもうビザールと生物血清バイオロジカルの戦争じゃないの」


リーディンがため息をつくと、ブレイクが部屋を出て行こうと歩き出す。


ジャガーが呼び止めると、彼はこれから食事に行くと返事をした。


小腹こばら空いたんだよ。話はもう終わったんだろ。なにかありゃまた連絡してこい」


「小腹ってお前……。ま、いいけどよ。なにを食いに行くんだ?」


「……たい焼きだ」


その言葉を聞いてジャガーとリーディンはき出した。


そんな二人を見たブレイクは舌打したうちをすると、足早に部屋を出て行こうとしたが――。


「ワタシも付き合うわ。たい焼き」


「だな、オレも行こう。つーか、アイスクリームトラックもたい焼きトラックに変えるか」


ジャガーはブレイクに向かってそういうと、そのほうがうれしいだろうと言葉を続けた。


ブレイクは勝手にしろと言葉を返し、二人と共にたい焼き屋へと向かう。


ホテルのエレベーター内で彼は考える。


メディスン派は自分を入れて三人。


メディスンは共和国の前身組織の創立者、そして自分とこの国の古株ふるかぶたちの養父ようふを殺した――つまり親殺し。


ジャガーはストリング帝国のスパイ。


リーディンは永遠なる破滅エターナル ルーインを抜け出してきた裏切うらぎり者。


これでいい、これでいいのだ。


こういうクズ連中が住む世界が暗部組織なのだ。


ヴィクトリアは――彼女はやみの世界を生きるにはやさし過ぎた。


クズの集まる組織に彼女のような人間がいてはいけない。


「そういえば、伝えとくことがあった」


「あん? なんだよ?」


「彼女のほうは順調じゅんちょう回復かいふくに向かっているそうだ」


「そう……よかったわね」


ジャガーの言葉にリーディンは笑みを見せる。


ブレイクは何も言わずにだまったままだったが、ジャガーは話を続ける。


「記憶を消去しょうきょした後は治安ちあんの良い地区の学生寮に入れて、そのまま学校へと通わせるみたいだな。どうだ、安心したろ」


「ふん、んなこたぁどうでもいいんだよ。どうせもう、オレたちは二度とあいつとかかわらねぇんだからな」


無感情にいったブレイクは到着とうちゃくしたエレベーターの扉から出ていく。


そんな彼の背中を見て、ジャガーとリーディンは笑いながらその後についていった。


「そういえばよ」


「なによ?」


「あのトランプカード、スペードのジャックはどんな意味があったんだ?」


ブレイクに訊かれたリーディンが答える。


「ああ、あれはワタシとジャガー決めた暗号よ。ちなみに意味は内緒」


リーディンの言葉にブレイクは顔をしかめ、ジャガーがそんな彼の肩をポンポンと叩いた。

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