#191

腹部ふくぶから血をき出しながらヴィクトリアはたおれた。


彼女のおとうと――ゼンオンは、意識いしきうしなった姉を見て歓喜かんきの声をあげている。


「ヴィク……トリア……?」


ブレイクは倒れたヴィクトリアを一瞥いちべつすると、その表情を強張こわばらせた。


何故実の姉にナイフを突きしたのか。


一瞬、ブレイクの頭の中でその疑問ぎもんがよぎったが、その思考しこうからはすぐに頭から消える。


答えはすぐに出た。


この姉を刺してよろこんでいる小柄こがらな少年は、ヴィクトリアの弟ではないのだ。


彼女の弟はとうの昔に死んでいる。


ただ、それだけのことだと。


「どうしたのさ? そんなこわい顔しちゃって?」


そしてブレイクは、肩にかついでいた伸縮式しんしゅくしきの剣をにぎり直し、ゼンオンへと無言むごんで向かっていく。


そんなブレイクを見たゼンオンはさらに笑い、彼をからかうように声をかける。


「あれ? もしかして姉さんのことが好きだったとかぁ、仲間を殺しやがってとかぁ、そんな気持ちになってるのかな~?」


ヘラヘラとおどけていうゼンオン。


ブレイクは強張らせた表情をつめたいものへと変え、何も答えずに進む。


だが、それでもゼンオンは止めない。


ヴィクトリアを殺されて感傷的かんしょうてきになっているのかと、言葉を続けていく。


「よくわかんないなぁ~、たった一人女が死んだくらいで。だって君、自分のそだった国の人間を皆殺みなごろしにしたんでしょ?」


ゼンオンは言葉を続けながら、ふたたび自分の能力――空気中の水分をあつめて加圧かあつし、まるで弾丸だんがんのようにはなつ力、水圧蜂巣ハイドロリック マーダー発動はつどうさせた。


先ほどブレイクが壁を破壊はかいしたことのより、換気かんきされて廊下は乾燥かんそうしていたが、今も腹部から水分――血を流し続けるヴィクトリアの身体から無数むすうの弾丸を作り出す。


ゼンオンは自分の姉の血を使って、この場に湿気しっけを取りもどしたのだ。


「君のことはボスから聞かされてよく知ってるよ。まさか大量殺人犯が今さら正義の味方気取っちゃう? サイコパスが女一人にそんなにムキになって、チョー笑えるんですけど~」


ヴィクトリアの血で作られた真っ赤な水分のたまがブレイクの周りを取りかこむ。


形勢けいせい逆転ぎゃくてんした。


ゼンオンは自分の勝利を確信かくしんしているのだろう。


わざとブレイクをあおるようなことをいって楽しんでいる。


「なに……いってんだ?」


楽しそうなゼンオンにある程度ていど近づくと、今までだまっていたブレイクがようやく口を開いた。


冷たかった彼の表情に、次第しだいに笑みがかび始める。


「オレは……ただ……」


ブレイクを取り囲んでいた赤い水分の弾が一斉いっせいに彼へ飛んでいく。


「テメェをバラバラ切りきざむって決めただけだッ!」


そのさけび声と共に――。


ブレイクの持っていた剣が黒くまり、彼の身体から禍々まがまがしい光がはなたれた。


その光の影響えいきょうか、ゼンオンが能力で作り出した赤い弾は消滅しょうめつしていく。


「これはこいつの加護かごの力ッ!? ななな、なんでだよッ!? ダイナコンプでここでは能力は使えないはずなのにぃぃぃッ!?」


「テメェはあいつの弟なんかじゃねぇ。オレと同じクズだ。ただ、美学びがくもなにもねぇ正真しょうしん正銘しょうめいクズ中のクズだがなッ!!!」


そして一閃いっせん――。


ゼンオンの身体はバラバラとなり、その肉片にくへんと血は、剣から放たれた漆黒しっこくオーラによってちり一つのりらず消えっていった。

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