#186

飛びった肉片にくへんを見てリーディンは自分の目をうたがった。


ジャガーはもうエアラインを――彼をゆるしたのだ。


問題は解決かいけつし、自分たちの任務にんむ完了かんりょうしたはず。


それなのに、どうしてこういう結果けっかになったのかと。


「なにがいけなかったっていうの……?」


真っ赤にまったセキュリティー管理室かんりしつでリーディンがそうつぶやくと、血塗ちまみれのジャガーが彼女のそばを通り過ぎていく。


彼は目の前にあったコンソールに手をばしたが、ダイナコンプ――能力使用を妨害ぼうがいする装置を解除かいじょをするにはセキュリティーコードが必要だったようであきらめて部屋を出ていこうとした。


「……いそぐぞ。ブレイクとヴィクトリアのほうへ」


「ジャガー……」


リーディンは男の名を呟くと、肉片へと変わりてたエアラインの死体を一瞥いちべつして、け足で出ていった彼の後を追いかけていった。


――ブレイクは脱獄だつごくをするほうの生物血清バイオロジカルのところへ向かっていた。


(いつもの三分の一……いや、それ以下か。思っていたよりもヤバいな……)


彼が、いつもよりも早く走れない自分の身体に違和感いわかんおぼえながら、刑務所の廊下ろうかを進んでいると――。


「はい、そこでストップ」


突然前から小柄こがらな少年があらわれる。


年齢ねんれいはブレイクと同じくらいだろうか。


みょう人懐ひとなつっこい顔をしていて、いかにも快活かいかつそうな感じだ。


その格好かっこうからして、刑務所の関係者でも囚人しゅうじんでもないのはわかる。


「あん? なんだテメェは、殺されてぇのか?」


ブレイクはそう言いながら少年のことをにらんだ。


背中には、監獄プレスリーに来る前に始末しまつしたしわがれた声をした男と同じバックパック――マルチラックシステムと呼ばれるはこのようなものが背負せおわれている。


このセキュリティーがかれて大混乱だいこんらんの中を自由に動けているだけでも十分だったが、背中にあるマルチラックシステムを見ればわかる。


つまり目の前にいる少年は生物血清バイオロジカルのメンバーだ。


理解りかいしたブレイクはニタァッと口角こうかくを上げる。


「ここへ来る前に殺してやったヤツもそいつを背負ってたな。生物血清バイオロジカルじゃリュックサックが流行はやってんのか?」


「いいっしょ。これはマルチラックシステムっていってね。見た目よりもずっとかるいし、自分の戦闘スタイルに合わせてこのみの装置を組みめるんだ。おまけに操作そうさ簡単かんたん


「あん? 聞いてねぇんだよ、んなこたぁ。ガキの遠足えんそくじゃあるまいし、オレはダセェっていってんだ」


ブレイクは笑みをかべたまま、特殊とくしゅ警棒けいぼうのような伸縮式しんしゅくしきの剣をかまえる。


すると、目の前にいた小柄な少年が消えていく。


きっと背負っているマルチラックシステムに組み込んだ装置――カメレオントロンを使ったのだろう。


カメレオントロンは、光の粒子しゅうし周囲しゅういに飛ばし、光を屈曲くっきょくさせて人や物を透明とうめいに見せる装置だ。


「どう? これならいくら君がハザードクラスだからって手も足もでないっしょ?」


天井てんじょうが高く広い廊下のせいか、小柄な少年の声がまるでトンネルの中にいるようにね返ってきていた。


この廊下にはカーテンもまどもないので、それも当然だ。


少年は、ここでは声が反射はんしゃすることがわかっていたのだろう、意図的いとてきに待ちせていたのだ。


だが、ブレイクはおどろかない。


けしてひるまずに前へと歩く。


きたねぇ声のヤツには説明してやったが、同じ話をすんのはメンドーだ。さっさと殺して先へ行く」


「ハハハ、見えないのにどうやって殺すのさ」


「フフフ……フッギャハハハッ! こうやんだよぉッ!」


ブレイクは大声で笑いながら虚空こくうへ剣を振った。


それと共に、小柄な少年の悲鳴ひめいが廊下全体にひびわたるのだった。

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