その手に見えるは機械装甲

#185

笑うエアラインにリーディンは不可解（ふかかい）そうにしている。

ジャガーが一体何がおかしいのかと訊ねると、彼はそのままの笑顔で口を開いた。

バイオニクス共和国の刑務所には、更生（こうせい）のためのプログラムはほとんどない

監獄（プレスリー）では、囚人（しゅうじん）は外部からほぼ完全に遮断（しゃだん）され、人格（じんかん）が崩壊（ほうかい）していくのを助長（じょちょう）するようなシステムになっている。

一日の二十時間を独房（どくぼう）で過ごし、何かを学（まな）んだり、リラックスしたりする機会はほとんど与（あた）えられない。

三度の食事は独房に設（もう）けられたスロットを通して渡され、どのような運動も一人で限られた場所でのみ。

ここの囚人は外界との一切の接触（せっしょく）を絶たれる。

独居房（どっきょぼう）に入れられた囚人たちは、何ヶ月または何年もの完全な孤立（こりつ）を強制（きょうせい）されるのだと、彼はいう。

「それがお前がビザールを裏切（うらぎ）った理由か?」

ジャガーが再び訊ねると、エアラインはまるで彼のことを無視するように言葉を続けた。

監獄（プレスリー）に入った人間に恩赦（おんしゃ）はない。

ここの人間は一生他者との交流（こうりゅう）が限りなくゼロの状態で生きる。

徹底的（てっていてき）な管理（かんり）によって、囚人は次第に無能力者になるだけでなく、精神を崩壊させ、彼ら彼女らは自身を傷つけるようになる者も多く存在する。

とある囚人は収監（しゅうかん）前は精神病の病歴のやその症状（しょうじょう）はなかった。

しかし収容されて以来、精神が錯乱（さくらん）し、睾丸（こうがん）や陰嚢（いんのう）を切ったり、自分の乳房（ちぶさ）を引き千切ろうとしたり、指を噛（か）みちぎったり、自殺未遂（みすい）などの自傷（じしょう）行為（こうい）を何度もするようになってしまった。

「刑務所は本来（ほんらい）なら罪（つみ）の償（つぐな）いを行（おこな）うべき場所なのに、この現状（げんじょう）はあんまりだと思いませんか?」

「まさか、お前の知り合いがここに収監されていたのか?」

ジャガーが訊くとエアラインはコクッと頷（うなづ）いた。

それからいうに、かつて彼と同じテストチルドレンとして研究所で育（そだ）った仲間たちが、共和国を告発（こくはつ）しようとしてこの監獄（プレスリー）に入れられたらしい。

そして、先ほどエアラインが説明したように、精神を病（や）み獄中（ごくちゅう）で自殺してしまったのだそうだ。

「やっぱ最悪ね……。共和国って」

リーディンがボソッ呟（つぶや）いた。

同情（どうじょう）とは違う。

環境（かんきょう）や境遇（きょうぐう）は違えど、彼女が以前いた宗教団体――永遠なる破滅（エターナル ルーイン）にも同じようなことがあったのだ。

幼（おさな）い頃から付き合いのある仲間が、ある日突然不条理（ふじょうり）に死ぬ。

リーディンは、その痛（いた）みを知っているからこそ、つい呟いてしまったのだろう。

「お前の事情はわかった。なぁに、悪いようにはしねぇ。生物血清（バイオロジカル）と繋（つな）がっていたことを全部帳消（ちょうけ）しにはできないが、きっとなんとかしてやるよ」

「どうしてそんなことをするんですか? ジブンとあなたはお世辞（せじ）にも仲（なか）が良いとはいえなかったのに?」

「答えはシンプルだぜ、エアライン。お前が使える奴（やつ）だからさ。これからはその優秀（ゆうしゅう）さをオレたちのために使ってもらう」

オフヴォーカーを下ろし、ジャガーはエアラインにおどけてみせる。

そんな彼を見たエアラインは、上げていた両手を下ろして大きくため息をついた。

リーディンは、裏切り行為をしたエアラインを再び仲間に戻（もど）すつもりなのかと思い、そんなジャガーの態度（たいど）に思わず笑う。

だが、ため息をついたエアラインは――。

「……やれやれ、得意（とくい）の嘘（うそ）ですか。あなたのそういうところ……本当に嫌（きら）いでしたよ」

下ろした手をポケットに伸ばし、ジャガーと同じ拳銃タイプ電磁波（でんじは）放出（ほうしゅつ）装置――オフヴォーカーを持った。

そんな彼の行動にリーディンは身構えたが、ジャガーのほうは平然としている。

「やめろ、エアライン。今すぐそいつを下ろすんだ」

「あなたはジブンのことを優秀なんて、これっぽっちも思っちゃいない……。そうやって上から目線（めせん）で人助けしようとしているだけなんです」

「なにを言ってる? オレたちにはお前の力（ちから）が……」

「素直（すなお）に、助けてやるからいうことを聞けと言ったらどうですかッ!」

エアラインが声を荒（あら）げると、彼の持っていたオフヴォーカ―の電磁波は発射（はっしゃ）された。