#168

きたいことか……。では、話を聞こう」


メディスンはそういうと、たくに付けられていたパネルに手をばし、飲み物を注文ちゅうもんしようとした。


そのついでにブレイクに何か飲むかとたずねたが、彼はくび左右さゆうに振っていらないとこたえる。


それからメディスンがパネルを押すと、部屋の中にあったたなから音がし、そこを開けると湯呑ゆのみがあった。


どうやらこの地下へやの部屋から何か注文すると、はしにある棚の中にたのんだものがたのあらわれる仕組しくみになっているようだ。


メディスンはあたたかい緑茶りょくちゃに口をつけると、ブレイクが口を開くのを待っている。


「あのたい焼き女……ヴィクトリアつったか。あいつはどうして暗部あんぶなんかにいるんだ?」


「彼女のことが気になったのか? こい相談そうだんにはあまり自信じしんがないが」


「からかうなよ」


ブレイクは、ふざけているのか、それとも本気なのかわからないメディスンの態度たいどに、一応くぎしてから話を続ける。


今夜こんや任務にんむで一緒になってわかった。あの女はこんなクズがあつまっているような組織そしきにいるようなヤツじゃねぇ」


「そのクズが集まっているような組織がなければ、たった一人のいもうとまもれないお前がずいぶんというじゃないか」


「オレやテメェはいいんだよ。なにせ裏切うらぎり者と大量虐殺者ぎゃくさつしゃのクズだから」」


「……私のことを聞いたんだな。まあ、別にかくしているわけではないが。……悪い、話のこしってしまったな。続けてくれ」


「あのエアラインってヤツも優等生ゆうとうせいぶっちゃいるが、オレらに負けないくらいクズだった。ようは、ビザールってのはクズがクズをる組織なんだろ?」


間違まちがっちゃいないな。ただ正確せいかくにいわせてもらえば、どんな国にもよごやくは必要だということだ。それがたまたま私やお前が向いていた……それだけのことだろう」


メディスンにたいし、いちいちこまかい男だと思いながらブレイクは、訊きたかった本題ほんだいについて話始める。


現場で見た様子ようすで、ヴィクトリアが素人しろうとではことは理解りかいした。


てきの動きを先読みし、次に何を仕掛しかけてくるかを判断はんだんするのも早く、それなりに修羅場しゅらばくぐってきたのだろう。


だが、彼女には決定的けっていてき欠陥けっかんがあると、ブレイクは言う。


「ほう、それはなんだ? 参考さんこうまでに聞かせてくれ」


「テメェも気づいてんじゃねぇのか? ……あの女はな、なるべく人を殺さないようにしている。それは、この仕事をやるうえで一番考えちゃいけねぇことだ」


「お前はそういうが、これまでのヴィクトリアは任務に失敗しっぱいしたことはないぞ。今までにも何人も始末しまつしてきた優秀ゆうしゅう猟犬りょうけんだ」


「あの女の実力の話じゃねぇ。オレが言いてぇのはな。なるべく殺したくないってのは、殺すこと自体がきらいだってことだ」


ブレイクは、ヴィクトリアがメディスンによって無理やり暗部組織に入れられている可能性かのうせいがあると考えていた。


彼はそのことを隠さずにメディスンに伝え、彼のことをにらみつける。


「私が彼女をおどしているとでも? それなら誤解ごかいだ。そんなことは、彼女の私に対する態度を見ればわかりそうなものだけどな」


「オレのときと一緒だろ? 後がないヤツに声をかけて組織に入れってよぉ」


「つまりだ。お前は彼女を、ヴィクトリアをすくってやりたいと? たった数時間でそこまでたらしまれるとはな。共和国で最強さいきょうのハザードクラスも女にはよわかったか」


「あん? そんなんじゃねぇ。そういうヤツがいるとジャマだっていってんだよ」


ブレイクは話を終えても、メディスンにするど眼差まなざしを向けたままだった。


だが、彼に睨みつけられているメディスンは、まったく意にかいさずに緑茶を飲み始める。


メディスンが緑茶を飲んでいると部屋がしずまり返る。


ブレイクのほうから声をかけるつもりはないのだろう。


おそらくメディスンが答えるまで睨み続けるつもりだ。


ブレイクは気に入らなかった。


自分のような人間ならわかる。


故郷こきょうの人間を皆殺しにしたクズだ。


今ならこんな汚れ仕事をやるのにふさわしいとすら思っている。


だが、あの女――ヴィクトリアは違う。


こんなやみの世界で生きていていい人間ではない。


日陰者ひかげものには日陰者の場所があるように。


ヴィクトリアのような人間には本来ほんらいるべき場所がある。


それがわからせてやるとばかりに、ブレイクはメディスンを威圧いあつする。


「あまり本人がいないところでいうのは良くないが……。お前にヴィクトリアのことを話そう」


しばらく沈黙ちんもくの後――。


緑茶を飲みしたメディスンは、そっと口を開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る