#139

「それはなぁ……その……アミノ先生の恋人だよ」


ジャガーは言葉をまらせながらも説明せつめいした。


以前に、偶然ぐうぜんアミノと恋人が一緒にいるところに出会でくわし、そのときに携帯けいたい電話――エレクトロフォンの番号ばんごう交換こうかんした。


そのアミノの恋人は、バイオニクス共和国でも上層部じょうそうぶに近い立場にあるようで、監視員バックミンスターに連絡するよりも事態じたいに早く対応たいおうしてくれると思い、電話したのだという。


「じゃあオフヴォーカーは?」


「こ、これはその人の家に行ったときに勝手かってに持ってきちまったんだよ。拳銃なんてそうそうお目にかかれないだろ? いや~返そう返そうって思ってたんだけど、なかなか家に行く機会きかいがなくてよぉ」


「それって泥棒どろぼうじゃないか!? まったくジャガーはこれだから……。列車が共和国に着いたらすぐに返さなきゃダメだよ」


「わかってるって」


どうやらミックスは今の話で納得なっとくしたらしく、人の家の物を勝手に持ちだしたジャガーにあきれている。


ジャガーは笑顔を引きつらせ、内心ないしんでホッとしながら思う。


(普段ふだんから手癖てくせが悪いイメージがあって助かったなぁ……。ミックスはにぶいし、これ以上追求ついきゅうしてくることはないだろ……)


うそをつくときは、その話に少し真実しんじつぜるといい。


これは前に彼の上司じょうしから教えてもらったことだ。


うまく話を誤魔化ごまかしたジャガーは、作業用ジャケットのポケットからオフヴォーカーを出すと、一等客室から運転席のある車輌しゃりょうとびらに手をかけた。


この先に列車強盗犯ごうとうはん――プロコラットとユダーティー二人がいる。


きっと臨戦りんせん態勢たいせいで待ちかまえていることだろう。


「よし、入るぞミックス」


「うん、いつでもいいよ」


扉を前にゴクッといきを飲む二人。


入ってすぐに戦闘が始めると思いながら、その扉を開けると――。


「おッ、なんだお前らかよ」


プロコラットとユダーティが笑顔で彼らをむかえた。


食堂車で見たみょう陶器とうきにワインを入れているのか。


その中身をグラスにそそぎ、ずいぶんとリラックスした様子ようすで酒のあじを楽しんでいる。


運転席の車輌内は思っていたよりも広かった。


さすがにスポーツができるとまでは言わないが、ストレッチやヨガのような運動なら余裕よゆうでできそうなくらいだ。


操縦者そうじゅうしゃはいなく自動運転のようで、ミックスたちから見ておくの方側には、モニター画面、タッチパネル、さらには速度計、圧力計などがある。


その前に胡坐あぐらをかいてすわっているプロコラットと、彼のとなりには横座りしているユダーティの姿すがたがあった。


「なあ……あんた、ホントに強盗するつもりあるのかよ……?」


ジャガーが訊ねるとプロコラットは大笑いし、ユダーティもクスクスと微笑ほほえむ。


二人の緊張感きんちょうかんのなさを見て、ミックスも思わずあきれている。


本当にこんなのんびりした二人が、この科学列車プラムラインの乗客じょうきゃくたちを衰弱すいじゃくさせているのだろうか。


食堂車で出会ったときのままの、ちょっと見た目がこわいくらいの気の良いカップルなのに――。


だが、ミックスはそんな二人の雰囲気ふんいきこわすように声をあらげる。


「この列車の人たちがくるしんでいるのは、あなたたちのせいなんだろッ!?」


ミックスはキョトンとしているプロコラットとユダーティに、そのまま大声を出し続ける。


二等、三等客室の者たちはまだ症状しょうじょうかるいが、一等客室の人たちはかなり重症じょうしょうだ。


このままだと列車がバイオニクス共和国に着く前――または先ほど連絡した共和国の救助きゅうじょ隊が来るまでに死んでしまう。


だから早くこの乗客たちを解放かいほうしてくれと、ミックスはプロコラットたちにさけんだ。


プロコラットはユダーティからグラスを受け取ると、それを一気いっきに飲みして立ち上がる。


「なあ、兄弟きょうだい。なんで俺がそんなことしなけりゃいけないんだ?」

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