#140

立ち上がったプロコラットはミックスへと近づいて行く。


そして彼の顔に自分の顔を突き付けると、そのワインでさけくさくなったいきを吹きかける。


「食堂車で話したよなぁ。俺とユダーティは強盗ごうとうするつもりでこの列車に乗りんだと」


それからプロコラットは、ミックスに言い聞かせるように話を始めた。


プロコラットが強盗ごうとうをするときは、名の知れたブルジョアが二組以上いるときと決めている。


そういう理由で、今回は列車強盗はをあきらめた。


だが、この列車にはバイオニクス共和国の裕福ゆうふくな学校の連中だけでなく、あの死の商人デスマーチャントと呼ばれるハザードクラスの一人――。


世界中に家電や兵器へいきを販売しているエレクトロハーモニー社の女社長フォクシーレディが乗っていた。


先の武装ぶそう集団の襲撃しゅうげきのときに、フォクシーレディが貨物車輌しゃりょうにいることは、ユダーティのそのよく聞こえるうつくしい耳で聞いている。


これはもうやるしかないだろうと、彼はさらに声を張り上げた。


ミックスはそんなプロコラットに顔を突き付け、彼に負けないくらいの声で言い返す。


フォクシーレディは先ほどむかえに来たヘリコプターで、この科学列車プラムラインから出て行った。


だから今はもう一組のブルジョアしかいないと。


「あの人がいないならもう止めていいでしょ!? 早くしないと一等客室の人たちが死んじゃうんだよ!」


「強盗ってのはなぁ。始まっちまったら途中とちゅうで止めれねぇんだよ! それになんだってんだよ。たかが金持ちの子供がき教師きょうしが死ぬくれぇで」


「あなたは金持ちがきらいかもしれないけど、一等客室の人たちはそれと関係ないだろ!?」


「ああ、関係ねぇよ。だから死んだってなんとも思わねぇ」


そう言ったプロコラットはミックスに背を向けると、お手上げとばかりに両手りょうてをあげる。


さらにくび左右さゆうに振りながら、どうしてミックスがそんなことをいうのかが不可解ふかかいそうだ。


「わかんねぇなぁ。お前は戦災せんさい孤児こじって言ってたろ? なんでやつらを助けようとするんだ?」


「人のいのちに金持ちも貧乏びんぼうもないよ。お金が欲しいなら、俺の全財産ぜんざいさんをあげるから」


「お前から金を取ってどうすんだよ? 俺たちは金持ちブルジョア専門せんもんの強盗なんだぞ。それに、命の価値かち平等びょうどうじゃねぇ」


それまでは飄々ひょうひょうとしていたプロコラットの表情が、その言葉と共に変わった。


そのするど眼差まなざしと眉間みけんに寄ったしわを見ると、まるで別人のようだ。


「お前らには話したよな? 俺とユダーティがどんなとこで生きていたのかをよぉ」


ミックスは、プロコラットたちと話していた食堂車でのことを思い出していた。


人体実験の研究所がつぶれた後――。


二人はたよれる大人もいない場所で、生きのこった子供たちだけで生活をし、そして些細ささいなこと――わずかな金銭きんせんの問題で二人以外の仲間たちは皆ころし合った。


プロコラットからすると、もし彼らがうばい合う必要がないほど裕福だったら?


しっかりとした国や大人たちに保護ほごされていたら?


けして、仲間同士で殺し合いなどしなかった。


まずしい者の命には価値などない。


それは誰にも頼らずにユダーティと生きてきた――そんな現状げんじょうを見てきたプロコラットの考えだった。


ミックスはその話を聞いたとき以上に、今のほうがこころ重圧じゅうあつがかかっていた。


そして、プロコラットの言っていたことを思い出す。


「ようするに、金はあるところからうばえばいいのさ!」


この世界は金さえあればどんなくだらない人間でも人並ひとなみの価値が出る。


ならばあるところから奪い、貧しい者たちにばらけば、それで命の価値も平等になる。


プロコラットはそう言いたいのだと、ミックスは表情をくらくしていた。


「おい、ミックス。悪かったよ、そんな顔すんなって。言い過ぎた言い過ぎた。俺もユダーティもお前らのことは気に入ってんだ。じゃなきゃさかずきまでわさねぇよ」


「……たぶん、あなたがやっていることは良いことだと思う」


「やっとわかってくれたか! そうだぜッ! 明日のメシにありつけるかもわからない子供がきひどい目にう世界なんて間違ってんだろ!」


「だけど……それでも……誰かをきずつけていいことにはならないよッ!」

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