#118

カウンター席にはすでに他の客がすわっていたが、まだ席は空いていそうだった。


ミックスは、何故こんな混雑こんざつしているのに誰も座らないんだろうと思っていると――。


「うまい! 最高だなユダーティ! やっぱお前と喰うとなんでもうまいわッ!」


やたらハイテンションの男性と物静かな女性が、出された食事とワインを楽しんでいた。


二十代前半くらいで、おそらく恋人同士なのだろう。


たがいに笑みを向け合っていて仲睦なかむつまじくしている。


「ミックスはなんにする?」


「そうだね。じゃあステーキセットにしようかな」


ミックスとジャガーは空いているカウンター席に腰を下ろすと、ハイテンションの男が二人のほうへ目をやった。


男はポケットが山ほど付いたベスト姿で、そこから見える両腕には刺青いれずみきざまれ、さらにその顔には大きなきずが見える。


られている刺青は誰か人の名前だろうか。


肩口から手首までの皮膚ひふをびっちりと埋め尽くしている。


「よう、お前ら学生か?」


気さくに声をかけてきた男。


ミックスはその容姿ようしを見て怖い人だと思い、あまり目を合わさないようにしていた。


そんなミックスに気が付いたのか、連れの女性が男の肩にポンポンとたたいている。


その女性は、外も寒くなってきたというのに腕の見える服を着ており、そこから見える両腕も顔もふくめて全身がきずだらけだった。


絶対にかかわってはいけない人だ。


ミックスは、先ほどアミノの席に座ればよかったと後悔こうかいする。


「ああ、そうだよ。オレはジャガー。こっちのおびえてんのがミックスだ」


だが、ジャガーそんなおっかないに容姿の二人に対して普通にせっしていた。


しかも名前まで名乗ってタメ口をきき、自分たちがバイオニクス共和国から来ていて三等客室にいることまで話し出している。


見ていたミックスはふるえながらジャガーに耳打ち。


あまり彼らを刺激しげきしないようにしてくれと小声で伝えた。


「そっか、三等客室か。学生ってことは修学旅行ってやつだな。おっと、そっちが名乗ってくれたからこっちも名乗るぜ。俺はプロコラット。そして、こっちの美人がなんと俺のマイハニーッ!! ユダーティだッ!!! こいつ、最高にイカしてるだろッ!!! なあッ!!!」


プロコラットと名乗った男は、そこからさらにテンションをあげ、となりに座っている恋人ユダーティのことを自慢じまんし始めた。


彼女のその長い黒髪は、自分をやさしくつつみ込む羽衣はごろもだとか。


彼女のき通ったひとみは、自分をいやす太陽だとか。


その全身の傷も美しく、自分はユダーティの何もかも愛していると、まるで歯の浮いたセリフ吐き続ける機械かのように次々と口にする。


「なあジャガー、ミックス! お前らは一目惚ひとめぼれってやつを信じるかッ!? 俺は信じるぜッ!!! もう、そりゃもう俺は出会ったときからユダーティに首ったけなんだからなッ!!! いとしくて愛しくて愛しくてしょうがねぇのよッ!!!」


すでにミックスたちのことを友人ように話しかけているプロコラットは、まだまだユダーティを愛していることを伝えてくる。


さすがのジャガーもこれにはあきれていた。


だが、そんなプロコラットの態度たいどがよかったのか。


ミックスは彼に好感こうかんを持ち始めていた。


(人のことここまで好きになるって、どういう感覚なんだろう。……それしてもなんだか怖い人じゃなさそう)


ミックスが内心でそう思っていると、ユダーティが大あわしていた。


そして彼女は、まだ愛する恋人を自慢し続けているプロコラットのことを止め始める。


よほど恥ずかしいのだろう。


大声こそあげていないが、顔を真っ赤にして必死になって彼の体を押さえていた。


ミックスはそんなユダーティのことを見ていた。


最初こそ彼女の全身と顔が傷だらけだったのでしっかりと見れなかったが。


こうやってじっくり見てみると、プロコラットの言う通りかなりの美人だ。


その物腰も上品でいて、しかもプロコラットが褒めるたびに恥ずかしがっている様子は、年上の女性なのに可愛いとさえ思う。


「俺も……ユダーティさんはキレイだと思います」


「おおッ!!! わかるかミックス!!! こいつの素晴らしさ美しさ神々こうごうしさがよッ!!!」


ミックスの言葉を聞いたプロコラットはさらに止まらなくなる。


一方ユダーティのほうはミックスにまで褒められ、もう恥ずかし過ぎたのか、さわいでいるプロコラットの背中にかくれてしまった。


「こいつ、ユダーティさんみたいなお姉さんタイプが好きなんすよ」


「ちょ、ちょっと!? なにいってんだよジャガー!」


ジャガーに余計よけいなことをいうなとさけぶミックス。


プロコラットはそんな二人を見て嬉しそうに大笑いする。


「ははッ! そうかそうか。でもなぁミックス。ユダーティは俺の大事な恋人だ!! こんなイイ女、誰にも渡さないぜッ!!!」


そして、プロコラットはカウンター席から立ち上がり、食堂車にいるすべての人間に聞こえる音量で声を出した。


そんな彼の背中に顔を押し当てているユダーティは、もう嫌とでも言いたそうにうめくのだった。

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