番外編 勇者の証

その仮設かせつテントの中では、悲痛ひつうさけびとかなしみの声がみだれ飛んでいた。


ある者はうしなった手足のいたみで咆哮ほうこうし、またある者はしたしかった友人の死をなげいている。


このように、ならべられたうすいベットには、重傷者じゅうしょうしゃと亡くなった者しかない。


それらをふくめ、治療ちりょうに当たっている者たちもすべて少年少女だ。


中には幕屋まくやいることがえられずに、外に出てしまう者もいる。


その子どもたちは全員永遠なる破滅エターナル ルーインという宗教しゅきょう組織そしきのメンバーだ。


永遠なる破滅エターナル ルーインは、かつて人類を滅ぼそうとしたコンピューターを崇める宗教組織であり、現在もバイオニクス共和国やストリング帝国にテロ行為を繰り返している。


世界中に信者しんじゃがいるテロリスト組織。


だが、子どもたちの多くが自ら望んで戦っているわけではない。


彼らは永遠なる破滅エターナル ルーインによって他の国から拉致された者や、戦争で孤児となった者がほとんであり、生きていくために仕方なしに組織に従っている状態だ。


「リーディン! 麻酔用の薬が足りない! 持ってきてよ!」


テントの中で唯一武装をしている少年――ライティングが叫んだ。


彼は少年兵の中でも勇敢であると評価され、組織の幹部からも重宝されている。


「もうないの。気休めだけど経穴けいけつを押してあげるしか……」


「頼むよ、それでもいいから少しでも痛みをやわらげてやって!」


リーディンは、ベットで唸っている少年兵の体に触れると、以前に読んだ本に書かれていた経穴を押した。


そして、ライティングがナイフを持つとその少年の腕を切り落とし始める。


血が流れていた腕からはさらに真っ赤な血が溢れ、その場を染めていく。


それでもナイフは止まらず、ライティングは骨を切り落とすため全力での力を込める。


「ぎゃぁぁぁああぁぁぁッ! 痛いッ! やめてくれぇぇぇ! やめぇぇぇッ!!」


少年が痛みに耐えきれず暴れ出す。


だが、他の衛生兵たちが一斉に彼の体を押さえ付けていた。


この仮設テントにはろくな治療設備が揃えられていない。


そのため、もう治せないと思われる傷には切断する以外の方法しかなかった。


それは、その傷口から体を腐らせないための処置だ。


中には切らないでくれと叫ぶ者も多いが、そうはいっても切断しなければそこから腐敗してやがて死んでしまう。


「よし。次、お願い」


ライティングは少年兵の腕を切り落とすと、次に真っ赤になった長物の金具を持った。


まるで鍛冶屋が刃物を打つとき使うような焼きごてだ。


そして、彼は少年兵の傷口に焼きごてを押し付けて出血を止める。


ジュゥゥゥッと肉の焼ける臭いが辺りに充満する。


先ほどまでは叫んでいた少年だったが、そのときにはもう痛みで失神してしまっていた。


これは、ここでは当たり前の光景こうけいだ。


今は五体満足な者も、手足を切断されている者の姿を見て明日は我が身だと息を飲んでいる。


たとえ前線に出なくとも、けして他人事ではないことを誰もわかっているのだ。


ライティングは気を失った仲間を見ながら、自分の手を口へと当てる。


切断するしかなかった。


彼の命を救うには切るしかなかったと、自分に言い聞かせている。


「ライティング、顔が真っ青よ。ちょっと休みましょう」


「大丈夫だよ、リーディン。このくらい、ケガしているみんなに比べれば」


彼はそういっているが、誰がどう見ても疲れているのは明白めいはくだった。


何故ならばライティングは、先ほどまで出撃していたのだ。


それなのに彼は休みこともせずに、衛生兵の手伝いを買って出ていた。


たとえ手伝わなくても、誰も彼のことを悪くなど言わないのに。


「あなたまで倒れたらどうするの? お願いだから休んでよ……」


「わかった……じゃあ、少し休ませてもらうよ」


リーディンの説得が通じたのか、ライティングは仮設テントから出て兵士たちの幕屋へと戻っていった。


幕屋には誰もいなかった。


それは、今回の戦いでほぼすべての仲間が重傷を負ったからだ。


ライティングは幸運にも五体満足で戻れたが、彼の怪我だってけして軽いものではない。


傷のせいで熱が出て、おそらく立っているのも辛いはずだ。


本当なら安静にしていなければならない状態。


だが、それでもライティンはじっとしてはいられない性格だった。


これまで何年も一緒に暮らしてきた仲間が苦しんでいるのだ。


それなのにと、彼は自分だけが休んでなどいられなかった。


ライティングはベットに横になると、あまりの疲労からかそのまま眠ってしまった。


「いけない。少し休み過ぎたかな」


そして彼が目を覚まして再び仮設テントへ向かうと、そこには衛生兵の姿はなかった。


ライティングはベットで横になっている者に訊ねると、どうやら上からの指示で、衛生兵はすべて目の前にある国――共和国の属国に侵入して情報を集めるようにと命令を受けたようだ。


(おかしい……。何故今さら情報なんて集めるんだ?)


話を聞いたライティングは、その指命令の意味がわからなかった。


すでに戦いは始まっているのだ。


しかも敵側の戦力もすでに把握している。


それなのに何故すべての衛生兵を――。


ライティングは考え込むとあることに気が付く。


「まさか……自爆――ッ!?」


以前に別の部隊の幹部から聞いていた話――。


それは、いかにも脱走してきたように見える者に爆発物を身に付けさせて、敵国内で自爆させるという作戦だった。


おそらくリーディンたち衛生兵は、自分たちが爆発物を持たされていることすら聞かされていないだろう。


永遠なる破滅エターナル ルーインの幹部らは、衛生兵には何も知らせずに、遠隔操作で起爆するつもりなのだ。


そう思ったライティングは武器を持って走った。


今ならまだ間に合うかもしれない。


幸いこちらは負けいくさ続きで見張りも立てられない。


追いかけるのは簡単だ。


「なんでこんな酷いことが続くんだよ!」


ライティングは空に叫びながら夜の中をひた走る。


彼は偶然にも通りかかった敵の車を襲い、運転手を脅して敵国内へと侵入。


その後に運転手を気絶させ、リーディンたち衛生兵がいそうなところを駆けずり回った。


頼む、間に合ってくれ。


自分たちはもう十分苦しんだ。


それなのに、どうしてまだこんな目に遭わなければいけないんだと、疲労も怪我も忘れて探し回った。


「いたッ! リーディンだッ!」


ライティングは、敵国の広場で並べられているリーディンたちの姿を見つけた。


これから処刑でもするつもりなのだろう、リーディンたちは皆拘束されている。


組織の幹部たちは、何かしらの方法でどこからか見ているに違いない。


一刻も早くしなければリーディンたちが爆発してしまう。


「敵だ! お前たちの敵がここにいるぞッ!」


ライティングは、叫びながら持っていたサブマシンガンを乱射。


注意を自分に引きつけて広場へと飛び込んでいく。


リーディンたちを拘束していた兵たちは何かの冗談だとでも思ったのか、ライティングを眺めているだけだった。


その一瞬の隙をついて敵を撃ち殺し、ライティングは拘束されていたリーディンたちを救出。


彼女たちに身に付けているベルトを捨てるように言った。


だが、ライティングのいうことにすぐに従ったリーディンは無事だったが、他の戸惑っていた衛生兵たちは全員爆発で吹き飛んでしまった。


助けられなかった衛生兵たちを見たライティングは、せめてリーディンだけでも救うと奮闘。


その自爆に紛れて敵国から脱出に成功する。


「ボクが……ボクがもっと早く助けにいっていれば……みんなは……」


リーディンは打ちひしがれるライティングに抱きつき、彼のことにお礼をいった。


あなたがいなければ自分は死んでいた。


それだけじゃない。


いつもあなたには助けられている。


それは自分だけではない、他の仲間たちも皆思っていることだ。


だからそんなに自分を責めないでほしい。


ライティングがいたこそ救われた命もあるのだから。


「ありがとう、リーディン……。ボクこそ君がいたからここまで生きて来れたんだ」


そして、二人は仲間の死に涙しながら抱き合った。


――その後、雪と氷に覆われた地域――ルドベキアホールでの戦いで、ライティングはストリング帝国に捕まってしまった。


彼は当然死を覚悟していた。


すでにNano Muff Personal Insight(ナノ マフ パーソナル インサイト)通称ナノマフPIの力を引き出すため、四肢――両手両足を切断し、これ以上何か失うなら命しかないと、自嘲気味に治療を受けていたのだが。


喋られるくらいまで回復すると、ある一人の男が彼と面会を希望してきた。


「まだ傷が癒えていないというのにすまないな。私はノピア·ラシック。是非ともお前と話がしてみたかった」


ライティングはノピアと名乗る男のことを知っていた。


かつて世界を暴走コンピューターから救った英雄――ヴィンテージの一人であり、その名を知らぬ者はいないとさえいえるストリング帝国の将軍だ。


しかも、ナノマフPIで獅子奮迅の活躍をみせたライティングを打ち倒した張本人である。


忘れようにも忘れられない顔だ。


「話す前に訊きたいことがあるんですが、いいですか?」


「私が答えられることなんでも答えよう」


ライティングはその後の永遠なる破滅エターナル ルーインのことを訊ねた。


全員逃げれたのか。


帝国に捕まったのか、それとも皆殺しにされたのかを。


ノピアは少し微笑むと、失礼といってから答える。


「お前があれだけ暴れたのだ。当然逃げられたよ」


「そうですか……。よかったなぁ……本当によかった……」


そして仲間の無事を知ったライティングは、笑顔のまま涙を流したのだった。


それからライティングは順調に回復し、車椅子に乗りながらも生活に問題がないくらいまでになった。


彼は、敵国であるストリング帝国での日々に、これまで感じたことない安心感を味わっていた。


それは、ノピアが彼のある程度の自由を保証してくれたことに他ならない。


しかし、それでも自分はテロリストだ。


そのうち然るべき刑が下る。


ライティングはノピアに対し、処刑される前に自由にさせてもらったことを感謝していた。


だが、それでも彼には心残りがある。


「リーディン……。もう一度だけ……君に会いたかったなぁ……」


この待遇が分不相応だということはわかっている。


ここまで生かしてもらったことに感謝はしている。


しかし、それでも自分は彼女に会いたい。


ライティングは、そう思うと涙が止まらなくなっていた。


その後、ライティングの処分を決める裁判が行われた。


多くのストリング兵は彼の処刑が妥当だと、言い続けていた。


それは検察官も弁護士も同じだった。


誰もライティングを庇わないのも当然の話だ。


彼は戦闘用ドローンに乗り込み、帝国兵を殺したのだ。


こうやって裁判をしてもらえるだけ有難いことだろう。


「異議ありだ」


だがたった一人だけ、ライティングを弁護する者がいた。


それは彼とルドベキアホールで戦ったノピア·ラシックだった。


「被告人は、幼少期から永遠なる破滅エターナル ルーインで奴隷のように戦わされていた。それにまだ被告人は十代である」


ライティングはそんなノピアに驚きながらも周囲の者たちを見た。


当然ノピアの発言に、その場にいた者たちはあまり良い顔をしていない。


もう十分です――ライティングはノピアに感謝しながら俯く。


そんな彼の想いなど関係なくノピアは言葉を続けた。


永遠なる破滅エターナル ルーインの戦闘員はそのほとんが子どもである。


そのほとんどは永遠なる破滅エターナル ルーインの支配下に置かれた紛争地で生まれたか、あるいは七年前の戦争で両親を亡くした孤児たちだ。


子どもたちは、組織に協力するよう強制されたか操られたか、あるいは生き残るためにそうせざるを得なかった。


すべての子どもたちは悲劇的な状況で権利侵害を受けた被害者だ。


彼らはまともな人間として扱われ、ケアされなければならない。


「私、ノピア·ラシックは、共和国加盟国各国の国家安全保障に関する主権を認識すると同時に、亡きストリング皇帝に従って少年少女の権利条約を遵守し、十八歳未満すべての子を保護する責任を果たすよう強く求める」


ノピアのその主張でその場が騒ぎ出した。


仲間を殺した相手に情けなど必要ない。


たとえ子どもだろうと、人を殺すということがどういうことかは理解しているはずだ。


今すぐ処刑するべきだ。


――と、集まっていたストリング兵たちが野次を飛ばし出す。


「黙れ」


ノピアは騒がしくなった場を、その一言で黙らせた。


そして、野次を飛ばしてきた者らのほうを向き、言葉を続ける。


「被告人、ライティングは紛れもない勇者である。彼は仲間を逃がすために四肢を切断し、そのうえ一人で我々と戦った。立場が違うというだけでライティングは称賛されるべき男だ。この場に彼ほどの勇者がいようか? もしいるというのなら、今すぐその者は両手両足を切り捨て、彼が乗っていたマシンでたった一人で共和国と戦ってみせろ。そこまでできて初めて彼をけなす権利が与えられる」


ノピアの口調は、相手を威圧するようなものではなかったが。


先ほどまで騒いでいた兵たちは、その迫力に黙ってしまっていた。


「さあ、いるなら前へ出ろ。私がその勇者の四肢を切断してやる」


ノピアはそういうと、腰に帯びていた金属製の柄を握った。


そしてその柄を構えると、マグマのような真っ赤な光が柄から現れる。


この光剣こうけんはすでに失われた技術の武器であり、その名をピックアップブレードという。


ノピアがブレードを出すと、もはや誰も文句は言わなくなった。


そして、被告人の身柄はノピアに預けられることとなり、ライティングは命を救われた。


「ノピア将軍……どうしてボクなんかを助けてくれたんですか?」


「それはお前の才能に、この世界の未来を見たからだ」


ライティングはノピアにからかわれているのかと思った。


これまでただ生きるためだけに戦ってきた奴隷の自分に、そんな世界の未来などといわれても冗談にしか聞こえない。


「そんな才能とか世界の未来とかいわれても……。第一、ボクの体を見てください。こんなんじゃ誰の役にも立てません、何もできません!」


ライティングは先のない腕と脚をノピアに向かって振った。


自分はもう芋虫みたいな身体だ。


車椅子がなければ、地面を這って進むような人間だ。


そんな自分に一体何ができるのだと、ライティングは声を荒げる。


だがノピアは腰を落とし、彼と視線を合わせていう。


「できるできないは私が決める」


「そんな……無茶な……」


「せめて、お前に才能があることだけは信じろ。そしてその才能を絞り尽くし、今なおを続く見えない争いを終わらせるのだ」


その後のライティングは、正式にストリング帝国の軍人となり、居住権を得てノピアに仕えることになった。

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