#115

男女がプラットホームにいた。


二十代前半くらいで、おそらく恋人同士なのだろう。


たがいに笑みを向け合っていて仲睦なかむつまじいそうだ。


多くの人が列車を待つ中、その男女は一際ひときわ目立っていた。


男のほうはポケットが山ほど付いたベスト姿で、特に格好かっこうは目立つようなものではなかったが。


彼の両腕には刺青いれずみきざまれ、その顔に大きなきずが見える。


られている刺青は誰か人の名前だろうか。


肩口から手首までの皮膚ひふをびっちりと埋め尽くしている。


「もうすぐだぜ、ユダーティ」


男が快活かいかつな声をあげると、ユダーティと呼ばれた女がニッコリ笑みを浮かべてうなづいた。


ユダーティは、この冷たい風が吹く中でも腕の見える服を着ており、そこから見える両腕も顔もふくめて全身が傷だらけ。


刺青だらけの男と全身傷だらけのカップル。


これなら目立つのもしょうがない。


ユダーティが両目を大きく開けて男の服のそでを引っ張った。


男はわかっていると返事をすると、彼女の手をにぎり、駅に到着とうちゃくした列車をながめる。


その鉄道車両しゃりょうの名は科学列車プラムライン。


ストリング帝国の将軍ローズ·テネシーグレッチが、あれだけ嫌っているバイオニクス共和国と協力して開発した太陽光発電システムで動くものだ。


運転や警備、食堂車の料理なども全部ドローンにまかせている。


ようは、すべての大陸を横断おうだんするオール電化の科学列車。


夜は蓄電池ちくでんちで昼間にめた電力を使い、半永久的はんえいきゅうてきに走り続けることができる。


外観がいかんは大昔のアメリカ西部劇にでも出てきそうな蒸気じょうき機関車きかんしゃのようで、中の基本的な造りは大昔の英国王室のようなものになっている。


運転席に付いた煙突えんとつからはけむりの代わりに電気による照明弾を発射する。


車両の並びは、前から運転席、一等客室、二等客室、三等客室、食堂車、貨物車の順で連結。


宿泊する予約客の人数次第では、もっと車両を繋いて客室を増やすようだ。


科学力の発達したバイオニクス共和国が、何故航空機や自動車ではなく列車を輸入輸出のかなめに選択しているのかは、先ほど述べたローズ·テネシーグレッチが協力的だったことだからだといわれている。


実際に各国の者たちからも評判は良い。


人はやはり景色を眺めながら旅をするのが好きなのだろう。


この骨董品アンティークな科学列車プラムラインは世界中で愛されていた。


「うん? 大丈夫だよ、ユダーティ。このプロコラット様に抜かりはねぇって」


プロコラットと名乗った男は、ユダーティを連れてプラットホームに止まったプラムラインの外観を確かめるように歩き始めた。


そして、先頭の運転席から最後尾の貨物車に、赤字で何やらしるしを付けている。


「これでよし! あとは二組いるかどうかだな。いるかな~いないかな~。一組じゃダメなんだよな~」


ウキウキと落ち着かない様子のプロコラット。


まるでギャンブルの結果でも待っているような様子だ。


ユダーティはそんな彼の肩をポンっと叩く。


「おッ、そうだな。やることやったし、さっさと乗り込むか! マイハニーッ!!」


すると、プロコラットは突然彼女を抱きあげてその場でクルクル回り出した。


周りにいた乗客たちが、思わずその姿におどろいてしまっている。


全身が刺青の男と、これまた全身傷だらけ女がおかしなことをすれば無理もない。


そんな周りの視線しせんを感じ、さすがに恥ずかしそうにしているユダーティ。


彼女はプロコラットの体に手をやり、下ろしてほしいと服を引っ張る。


だがそれでもプロコラットは、彼女にいいじゃないかといって回り続ける。


まるでこのプラットホームに自分たちしかいないかのように、そのまま彼女を抱いたまま手荷物を取って、一番安い三等客室へと乗り込む。


三等客室も他の車両と同じ個室が並んでいる造りだ。


「なあ、ユダーティ。こんな豪華な列車の一等客室ってどんなブルジョアが乗ってんだろうな?」


ユダーティは、プロコラットに抱っこされたまま、その首をかしげている。


それから彼女は彼に向かって両目をパッと開き、何か閃いたような顔を見せると――。


「そうか! 共和国の学生連中が乗ってんだなッ!!」


嬉しそうに声をあげたプロコラットは周りを見渡すと、彼らのいる三等客室にも学生らしく若者の姿が見えた。


「あれあれ? こっちにも学生? うん? なんだユダーティ?」


ユダーティがプロコラットのほうを向き、何かを訴えかけるような顔をしていた。


それを見た彼は彼女の言いたいことに気が付いたようだ。


「そうか! つまりこういうことだなユダーティ! 一等客室には金持ち学校のガキどもがいて、ここ三等客室には貧乏学校のガキがいるってことだな!」


ユダーティはうんうんと嬉しそうに頷く。


プロコラットはそんな彼女をゆっくり床に下ろすと、両手を大きく広げて大声をあげた。


「よ~しッ!! あと一組だなッ!!! なあなあ、どうなるかなどうなるかな~。ユダーティはどう思うッ!!!」

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