番外編 ジャズのお料理奮闘記

「さあ、ジャズ姉さん。早速さっそくはじめますよッ!」


「う、うん。ご指導しどうのほどよろしくおねがいします」


ジャズは今アミノの家の台所だいどころにウェディングとともにいた。


いつになく真剣しんけん表情ひょうじょうの彼女は、これからウェディングにクッキーの作り方をおしえてもらうところだった。


それは今まで料理りょうりをろくにしたことがないジャズが、ウェディングの趣味しゅみがお菓子かし作りと聞いたことから始まる。


「好きな人にお菓子を作ってあげたいというジャズ姉さんに、ウェディングは全身ぜんしん全霊ぜんれいをもってこたえますよ!」


「ちがうわよッ! なに勘違かんちがいしてんのッ! あたしはただ、あいつにたとえ料理でも負けたくないって思って……」


「うんうん、カワイイですな~。ウェディングはそんなな姉さんが大好きです」


「だからちがうっていってんでしょッ!」


ジャズは、いろいろと世話になったミックスへ何かプレゼントをしたほうがいいと考え、アーティフィシャルタワーのけんかお見知りになり、しかも学校のりょう同室どうしつにとなったウェディングに相談そうだん


そこでウェディングは、女の子のおくり物ならやはり手作りの物がいいとこたえ、ほかにも相談していたアミノの助言じょげんもあり、ミックスへ手作りクッキーをプレゼントすることに決めた。


だが、ジャズは壊滅的かいめつてきに料理ができなかった。


その理由りゆうは、彼女が生まれたストリング帝国では、そもそも料理をする人間などいないからだった。


ストリング帝国では、料理はすべて機械きかいがやってくれる。


オート·デッシュと呼ばれる機械にカードリッジをはめみ、後は食べたい料理のスイッチを押せば、カロリー計算けいさんされたものが出てくるのだ。


とても便利べんりであり、手間てまも時間もかからない、ストリング帝国の発明品はつめいひんの一つである。


そのため、ジャズはストリング帝国の多くの住民じゅうみんがそうであるように味音痴あじおんちであり、何度もいうが料理が下手へただった。


「言われていた材料ざいりょうは買ってきたよ。これでいいんでしょ、ウェディング」


クッキーを作るために材料ざいりょう――。


バター、グラニューとうたまご薄力粉はくりきこ用意よういするジャズ。


ウェディングはそれらを見てコクコクとうなづき、ジャズに向かって手を前に出して親指おやゆびき立てた。


ジャズはそんなウェディングと同じように親指を立てて返す。


「クッキーくらいでそこまで真剣なれるなんて……先生は感動かんどうしましたッ! これぞ料理は愛情あいじょうですねッ!」


そんな鬼気ききせまるくらい気合の入った二人を見て、自宅じたくの台所を提供ていきょうしたアミノは歓喜かんきの声をあげてなみだながしている。


「まずはマーガリンをボウルに入れます。次にグラニュー糖を入れます。卵も入れてスプーンで押しつぶすようにぜます」


ジャズは、ウェディングの指示しじしたがいながらおにのような形相ぎょうそうで作り始める。


その顔は、まるでこれから戦地せんちへとおもむく兵士のようだ。


「そして、ここからはあわで混ぜ、そこから薄力粉を入れ、ここでもまたスプーンで押しつぶすように混ぜます」


「なるほど、料理の基本きほんは混ぜることなのね。よし、おりゃぁぁぁッ!」


ジャズは親のかたきでも見つけたかのように、ボウルウィスクで混ぜ合わせた材料をちから一杯いっぱいかきまわす。


小麦粉こむぎこはこねすぎるとグルテンが発生はっせいしてしまい、あまりかき回すとかたいクッキーになってしまうのだが。


アミノやウェディングは、ジャズのあまりの必死ひっしさを見て、今回は何も言わないでおこうと思ってだまっていた。


「だけど固いクッキーをプレゼントされて、ミックスくんはよろこぶのかしら……」


「なにをおっしゃるアミノ先生。不器用ぶきようが不器用なりに作ったクッキーほどうれしいものはありませんよ。それに料理がヘタな子がいきなり美味おいしいものを作ってきたら、それはそれでどこかで買ってきた物かもしれないとうたがわれちゃいます」


「それそうかもしれませんね」


アミノに心配しんぱいはいらないと言ったウェディングは、次の指示を出した。


次にプレーン生地きじ冷蔵庫れいぞうこで冷やし、生地が出来たら型抜かたぬきなど用意ようい


その後、オーブンを予熱よねつ


予熱や型抜く用意が終わったら生地を冷蔵庫から出し、かたちを抜いていく。


ちなみにウェディングが用意したのはハートの形の型抜き。


それを見たジャズは顔をにして怒鳴どなったが、アミノがハートのクッキーはわりと定番ていばんだとつたえ、それで納得なっとくしたのだった。


「そして、さっき予熱したオーブンで十分から十二分ほど焼けば出来上がりですよッ!」


「それで完成かんせいなの? なんだ、簡単かんたんじゃないの」


「焼いているあいだもちゃんとクッキーの状態じょうたいは見ていてくださいね!」


「オッケー。ここまでくれば楽勝らくしょうよ」


だが、現実げんじつはそうあまくなかった。


ジャズがオーブンから出したのは、こんがりというよりは焼け野原のはらにある土のかたまりのようなクッキーだった。


「よし! これで完成ね」


しかしジャズは、このクッキーに問題もんだいがあるとは思ってもいない。


アミノがそれを一つ手に取り、小声でつぶやく。


「やはり固い……。これをミックスくんに食べさせて大丈夫だいじょうぶかしら……」


「ダイジョブダイジョブッ! ココアクッキーだっていえば喜んで食べますよッ!」


「それって、どう考えてもウソじゃないですか……」


ウェディングが誤魔化ごまかせるというと、アミノはかたを落としてあきれていた。


しかし結局けっきょくは、はじめて自分でクッキーを作ったジャズの無垢むくな笑顔には何も言えず、アミノは黙ったまま彼女を送り出したのだった。


その後、ジャズはミックスの家へと向かう。


一応いちおう、彼にはニコをあずかってもらっていたので、会いに行く口実こうじつ完璧かんぺきだ。


「よし、着いたわ……」


ミックスの家の前で呟くジャズ。


今さらだが、彼女は自分がしていることがずかしくなっていた。


恋人でもないのに手作りクッキーをプレゼントするなんて――。


まるで自分が彼のことを好きだといっているようじゃないか。


「で、でもこれはちがうんだから! これはあれよ……ただ、迷惑めいわくかけたから……あぁぁぁッ! って、なんであたしがこんな気持ちにならなきゃいけないのよぉぉぉッ!」


「ひとんちの前で何してんの?」


ジャズが一人でわめていると、突然ミックスがあらわれた。


開かれた扉から出てきた彼を見て、ジャズは思わずクッキーを入れていた紙袋かみぶくろかくしてしまう。


「いや、あれよあれ……発声はっせい練習れんしゅうよ! ほら、学校で自己じこ紹介しょうかいのときに声が出てないとナメられちゃうでしょッ!?」


「ふーん。でもちょうどよかった。いまご飯できたところだからジャズも食べていきなよ」


入るように言われたジャズは、玄関げんかんみ上げブーツをぬいでいると、何やらいいにおいがしてくる。


ちょうどお昼時というのもあって、その匂いは彼女の食欲しょくよく刺激しげきした。


「今日はビーフシチューに挑戦ちょうせんしてみたんだ」


ミックスは小さなテーブルに食器しょっきならべながらそう言った。


ニコも彼を手伝い、サラダの盛り合わせやパンを用意し、三人分のコップに水をそそいでいる。


「お邪魔じゃまします……」


ジャズが気まずそうにテーブルにつくと、ニコは嬉しそうに鳴いている。


そして、すべての料理がテーブルに置かれるとミックスがいただきますと言い、彼女もニコも彼に続いた。


「いや~我ながらうまくいったね。姉さんの味がちゃんと再現さいげんできてるよ」


「そういえばあんたの姉さんって料理上手じょうずなんだっけ?」


「うん。姉さんもだけど、兄さんの料理も最高なんだ。今は仕事で国を出ちゃってるけど。将来的しょうらいてきは三人で小さくてもいいからレストランとかやりたいなぁ~とか話していたっけ」


「へ、へえ……プロ志望しぼうなんだ……」


ジャズはスプーンで肉を取ると、じっくりとそれをながめた。


そして、ゆっくりとそれを口にふくむ。


濃厚のうこうなソースと肉汁にくじるが口の中でざり合い、広がっていき、パンを一緒に食べたくなる。


実際にニコは、一心いっしん不乱ふらんになりながら、パンをシチューに直接ちょくせつつけて食べだしていた。


「おいおいニコたらっ、そんなに慌てなくても誰も取らないし、まだまだおかわりもあるよ」


味音痴のジャズでもわかる。


これは時間をかけて丁寧ていねいに作られたものだ。


ミックスは姉直伝じきでんである手作りソースが味の決め手だという。


それを聞いたジャズは、せっかくの美味しい料理を食べながらもうつむいてしまっていた。


「あれ……もしかして美味しくなかった?」


そんな彼女のことを見て心配そうにたずねてくるミックス。


彼の言葉が聞こえたのか、それまで無我むが夢中むちゅうで食べていたニコの手も止まっていた。


そして、どこか調子ちょうしでも悪いのかとジャズに向かってやさしく鳴いている。


「美味しい……」


「えッ?」


「このシチュー……すっごく美味しいっていったのッ!」


「そっか、それならよかったよ。まだまだあるからたくさん食べてね」


いきなり怒鳴どなったジャズに向かってミックスは微笑みを返した。


彼はもう、彼女が突然大声をあげることも慣れてしまったのだろう。


特に気にしていないようだ。


「すごいよね……。こんな美味しいものを毎日食べてたんじゃ、あたしの作ったものなんて……」


「うん? こんなものでよかったら毎日作ってあげるよ」


「うッ!? バ、バカッ! そういう意味いみじゃないのッ!」


ミックスは、相変わらずよくわからないと思いながらくびかしげる。


だが、ニコはそんな二人を見て喜びながらシチューを食べ続けていた。


ジャズはしかめっ面でシチューを口にして呟く。


「今はまだムリ……だけど、近いうちにかならず追い越してやるんだから……」


「なにブツブツ言ってんの?」


「なんでもない。それよりもおかわりちょうだい!」


「食うのはやッ!?」


それからジャズはニコと一緒にミックスのシチューを食べ尽くした。


ミックスはそんな彼女たちを見て満足そうにしている。


(いつか絶対に料理でこいつを驚かせてやる。そしたら……そしたら……)


顔を真っ赤にしながら考え事をするジャズ。


そして彼女は、結局作ったクッキーをミックスには渡さずに持ち帰ることにしたのだった。

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