#38

ジャガーとわかれたミックスは、ぼんやりと考えごとをしながら自宅じたくであるりょうへと向かっていた。


その考え事とは、ジャズと出会ってからのことだ。


ジャガーにはああいったが、やはり彼女のことが気になってしょうがない。


しかし、考えれば考えるほどにかなしい、むなしい、そして何よりもりはさびしい……。


もうこのままジャズとは会えないのだろうか。


ミックスはそんなことばかり考えてしまう。


「でもまあ、こんなもんだよね……ハハハ……」


彼はそう思いながらかわいた笑みをかべながら歩いていると、自宅の寮に到着とうちゃく


そこで自宅のとびらの前に、どこかで見たことある毛むくじゃらの生き物の姿すがたが目に入る。


二本の足で立ち、ゆたかな白い毛でおおわれたウシ動物どうぶつロボット――。


それは、ジャズにプレゼントした電気でんき仕掛じかけの仔羊こひつじニコだった。


「ニコ……? お前なのかッ!?」


ミックスが呼びかけると、ニコはうれしそうに彼の身体からだきついてきた。


そして、そのよろこびをあらわすようにいている。


ミックスは松葉杖まつばづえて、そのフワフワの身体を抱き返す。


「ジャズと一緒いっしょに帰っちゃったかと思ったよ。お前はのこったんだな」


ミックスがそういうと、ニコは何かを思い出したようにハッとし、彼の手を引き出して早く自宅へ入るようにかしはじめる。


何をそんなにあわてているのかわからないミックスは、やれやれと笑顔で自宅の扉にかぎす。


「あれ、ドアが開いてる……。閉めわすれかなぁ?」


ミックスは家を出たときにたしかに鍵はかけていたはずなのだがと、ドアノブに手をかけてニコと共に中へと入った。


玄関げんかんにはどこかで見たような軍用ぐんようみ上げブーツがある。


「これって……?」


ミックスが両目りょうめ見開みひらいていると、ニコがはしゃぎながら中へと走って行く。


彼がそんなニコを目でって顔を上げると――。


「おッ、ずいぶんと早い退院たいいんじゃん。身体はもう大丈夫だいじょうぶなの?」


そこにはサイドテールの少女――ジャズ·スクワイアが立っていた。


ミックスは何故彼女が自分の家にいるのかが、わからないでいた。


「えッ!? ジャ、ジャズがなんでッ!? うわぁぁぁッ!」


そして、あわてたせいでバランスをくずし、その場にたおれてしまった。


ジャズがそんな彼を見てあきれながら近寄ちかよってきていた。


いつのにかジャズのうしろへとまわっていたニコも、そんな彼女の真似まねをしてか、大きくためいきをついている。


「人のことをオバケでも見たみたいにおどろかないでくれる?」


「だって、てっきりジャズは国へ帰っちゃったのかと……。それに、その制服せいふくは……?」


いつものミリタリールックとはちがい。


学生服がくせいふく姿すがたのジャズは、下から見上げているミックスに手を差しべた。


ミックスは、いまだにしんじられないといった表情ひょうじょうのまま、差し出された彼女の手をにぎる。


じつはいろいろあってね。あたし、共和国きょうわこく帝国ていこくからの留学生りゅうがくせいとしてむことになったから」


ジャズが言うに――。


彼女がブロードたちのテロ行為こういを止めたことにより、バイオニクス共和国でストリング帝国の強硬派きょうこうはの動きを牽制けんせいする役目やくめにんじられたそうだ。


留学先の学校は、ウェディングがかよう共和国の中でも優秀ゆうしゅうな者しか入れないエリート校。


小学校から大学までエスカレーターしきであるため、ジャズは高等部こうとうぶに編入することになり、中等部ちゅうとうぶのウェディングとは先輩せんぱい後輩こうはい関係かんけいとなる。


「そういうわけで、しばらくこっちに住むことになったから、あんたには挨拶あいさつくらいしとこうかと思ってね」


少しれながらいうジャズ。


顔をけながらも、チラチラとミックスの反応はんのうを見ていた。


「ジャズ……」


ミックスはその身をふるわせていた。


それからゆっくりとその顔をジャズの顔へとちかづけてくる。


「ちょ、ちょっとあんたッ!? 何をする気よッ!?」


ジャズは口ではいやがっているようなことを言っても、けしてミックスのからはなれようとはしなかった。


むしろ待っている――そんな感じだ。


そしてジャズは覚悟かくごを決めたような顔をして両目りょうめをつぶった。


(あれ、まだなの? こっちはもうはらをくくっているのに……?)


彼女がそう思っていると、ミックスは突然とつぜん大声を出しはじめる。


「人の家に勝手かってに入ってなにやってるんだよッ!」


「えッ……?」


「まったくおれがまだ入院にゅういんしていたらどうするつもりだったんだ。それと帝国ではどうか知らないけど、共和国では他人たにんの家に無断むだんで入るのは犯罪はんざいなんだからね」


いきおいよく怒鳴どなったミックスだったが、その顔はジャズを見た瞬間しゅんかんに青ざめることになる。


「あんたってやつは……」


「あれ……? ジャ、ジャズさん? 今は俺が大事な話をしていたところなんだけなぁ……」


「そんなこと知ってるわよッ!」


「ギャァァァッ!」


プルプルとその身を震わせたジャズが顔を上げると、ミックスのひたい頭突ずつきをお見舞みまいいした。


ミックスはあまりのいたみに、その場で額を押さえながら悲鳴ひめいをあげている。


「ふん、勝手かってに入ってすみませんでした。それじゃあたし、帰るから」


「ちょっとジャズ!? なんでおこってんだよッ!?」


「別に怒ってないよ、バカミックスッ! さあニコも帰ろう」


ジャズはニコを抱くと扉をバタンと強烈きょうれつに閉じ、そのまま帰っていった。


のこされたミックスは何が何だかわからずにいたが、何故かうれしそうにつぶやく。


「でもまあ、こんなもんだよね……ハハハ……」


いつもの彼の口癖くちぐせが出たが。


その表情は普段ふだんかわいた笑みとは違って、とてもたされた笑顔だった。

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