#10

それからジャズを背負せおったミックスはふるぼけたアパートに来ていた。


この建物たてものという建物がソーラーパネルでくされているバイオニクス共和国きょうわこくには、ずいぶんと不釣ふつり合いな住居じょうきょだ。


「もう大丈夫だいじょうぶ。すぐに治療ちりょうしてもらえるから」


ミックスはジャズに声をかけた。


だが彼女はかなりいたみがひどいのか、いつのにか気をうしなっている。


そばにいたニコは、この建物がめずらしいのか、アパートを見上げながらそのくびかしげていた。


ミックスはそんなニコを置いて、アパートの一階いっかいのドアの前に立つ。


「すみません! おれです! ミックスですッ!」


これまた古臭ふるくさい呼びりん連打れんだしながらさけぶミックス。


しばらくそれを続けていると、ゆっくりとドアが開いた。


「はいはい。そんなあわてて押さなくてもちゃんと出ますよ」


ドアからは、上下じょうげジャージ姿すがたの女性があられた。


その人物は、ミックスがかよ戦災せんさい孤児こじのための学校の女教師きょうし――アミノだった。


晩酌ばんしゃくでもしていたのだろうか。


いつもとはちがい、かなりゆるんだ表情ひょうじょうでさらにほおが真っ赤になっている。


「うん? ミックスくん? どうしたんですかこんな時間に? 未成年みせいねんが女の子の背負せおって夜の街を出歩くのは感心かんしんしませんね」


「先生が思っているようなことはなにもありませんから。ともかくこまってるんで、ちょっと中に入りますよ」


「ちょ、ちょっと!? むしろ困るのは先生のほうなんですが!?」


ミックスはアミノが止めるのも聞かずに、無理矢理むりやりに部屋へと入る。


それに続いてニコもテクテクと彼女の前をとおぎた。


ひつじ……?」


アミノがニコの姿すがたに小首を傾げていると、部屋の中からミックスの声が聞こえた。


あることを思い出したアミノは、大あわてで部屋ともどる。


酒臭さけくさい……」


部屋に入ったミックスがそうつぶやく。


アミノの部屋には、無数むすうからになった一升瓶いっしょうびん洗濯物せんたくものされていた。


その洗濯物の多くが下着したぎで、彼女は元々もともと赤かった顔をさらに赤くして片付かたづけ始める。


「見ないでください! 見ないでくださいッ!」


「先生。それよりもこの子を」


「いい歳した女が酒浸さけびりですみません! 年頃としごろの女が地味じみな下着しか持ってなくてすみません!」


「いや、そんなことは言ってないけど……」


泣きながら部屋を片付け始めたアミノには、もうミックスの言葉はとどいていなかった。


そのあいだ、ニコが部屋にあった一升瓶のにおいをぎ、足元あしもとをフラフラにしていた。


ミックスは大きくためいきをつくと、たたみの上にジャズの身体からだやさしく寝かす。


それを見たアミノは手を止めて彼女の身体にれた。


「ミックスくん……この子……?」


「それにはいろいろあって……ともかく先生しかたよれる人がいないんです! おねがいします! この子をなんとかしてやってください!」


ミックスは畳に頭を押し付けてお願いした。


戦災孤児のための学校にいる教師はアミノだけである。


クラスは一組しかなく、彼女はひとりですべての教科きょうか生徒せいとおしえていた。


さらには生徒が怪我けがをしたときに保健室ほけんしつの先生のやくもこなす。


そのことを思い出したミックスは、まよわずアミノの家へと来た。


普段ふだんは泣きむしで頼りなく見える彼女だが。


じつはミックスもふくめ、生徒全員から信頼しんらいされている人物じんぶつなのだ。


「……出てってください」


「えッ!? そ、そんな……」


「これから治療のためこの子の服をがせます! だから男の子のミックスくんは出てってください!」


「は、はいぃぃぃッ!」


突然とつぜん表情を真剣しんけんなものへと変えたアミノ。


そんな彼女に怒鳴どならられたミックスは、背筋せすじばして立ち上がると、大慌てで部屋を出て外へと走り出した。


アミノはドアがバタンと閉められたのを確認かくにんすると、ニッコリと微笑ほほえむ。


相変あいかわらずミックスくんは人のために頑張がんばる子ですね。まあ、巻き込まれやすいとも言いますけど……」


それから彼女はジャズの服を脱がし、早速治療を始めるのだった。

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